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標的を追いこむ

 テリウム聖王国の南東に位置するとある街。

 この辺りはダボン公爵の領地と隣接している。


 宵のころ、街の外れにある地域の裏路地を、数名の兵士が歩いていた。

 兵士たちに守られるように、身ぎれいな男がいる。三十路手前の精悍な顔つきで、貧困層が暮らす場所には異質ながら、兵士たちを恐れて住民は姿を隠していた。


 男は一帯の領主に仕える側近で、名をロジアンといった。


 彼らの前に、ボロをまとった誰かが現れる。フードとマスクで顔を隠し、背中を丸めているので小柄な体躯がいっそう小さく見える。


「貴様か、こんなものを送りつけてきたのは?」


 ロジアンはポケットから封書を取り出した。


「へえ、間違いありやせん。おれですよ、旦那」


「ふん、名も顔も晒せない、と書いてあったな。ひとまずしょっ引いていろいろ話してもらおうか」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。旦那に渡すもんは他にもあるんで。おれが連れていかれちゃ仲間が別んとこへ持ってっちまう」


 男はボロの内側をごそごそする。

 兵士たちがロジアンの前に躍り出てびくりとしたものの、鞄から紙束を取り出した。


「まずはこいつを見て下せえ」


 ロジアンに目配せされ、兵士が紙束をひったくる。

 受け取ったロジアンは紙を一枚めくるたび、顔をこわばらせた。


「ダボン公め、毎年のように麦の収穫量を誤魔化していたのか!」


 怒りを吐き出しつつも、その表情が喜色に染まっていく。


「くくく、隠し倉庫の所在も書いてあるな。もし真実なら、これだけでも大法廷で糾弾するには十分だ」


「へへ、そうでしょうよ。けど旦那、まだまだネタはありますぜ?」


 ロジアンはキッと男を睨み据えた。


「貴様は何者だ? 仮に真実だとしても、これまでダボン公が巧妙に隠してきた情報を、どうして貴様が知り得たというのだ?」


「おれはしがない下働きの男ですよ。そいつはおれじゃなく、ダボン公の情婦いろが手に入れたもんでね。そろそろ飽きられそうってんで、金になるもんを売っ払うのに協力しねえかと持ち掛けられたんでさあ」


 愛人が捨てられる前に大金をせしめようとするには大胆過ぎる発想だ。

 だが『捨てられそう』ではなく『飽きられそう』との状況下ならばダボン公も油断しているはずで、そのタイミングで最大限の益を得ようとする聡明な女である可能性は否定できない。


 ここの領主――ダボン公と表面上は隣同士で仲良くしていながら、その実はライバル関係にある貴族を選んだのも偶然ではないだろう。


「おい、くれてやれ」


 ロジアンは兵士の一人に声をかける。

 兵士は腰に下げた袋を取り、男へ差し出した。


「こ、こりゃぁ……へへへ、ありがてえ」


 男は袋の中を開け、目をらんらんと輝かせた。


(所詮は下賤な庶民か)


 ロジアンにしてみれば大した額ではないので、内心でほくそ笑む。


「明日は私の屋敷に直接持ってこい。全部だぞ? 余計な駆け引きは考えるな」


「わかりましたとも。最初からこんだけもらえりゃあ、信じる以外にないですぜ」


 男は金貨の入った袋を大事そうに鞄に収め、闇に紛れるように立ち去って行った――。




 ジークが魔法工房で魔法書を読んでいると、床の魔法陣が輝いた。

 そこから、小柄なローブ姿の男が現れる。


「お帰り。どうだった?」


 男がその姿を変えていく。


「上々だと自己判断いたします。ただ、金払いはあまりよくありませんね。こちらが庶民だと見下しているのがありありでした」


 元の姿に戻ったフェリはしかし、やはり服を身に着けていない。手にした金貨袋をジークに渡し、テーブルに置いていたメイド服を着始める。

 フェリは着替え終わると仔細を漏らさずジークに説明した。


「さくさく話が進んでくれるのは嬉しいね。フェリの演技のおかげかな」


「恐れ入ります。しかし、ただロジアンという男がせっかちなだけでは? 得た情報の吟味もせずにわたくしを信用していて、逆に不安になりました」


「彼はまあ、決断が早いんだよ。いい意味でも悪い意味でもね。とにかくお疲れさま。また明日には行ってもらうから、今はゆっくり休んでいてよ」


「承知しました。では、上階の掃除と食事の支度、洗濯を終えましたらひと休みさせていただきます」


 休めと言ったのに働く気満々のフェリはすたすたと退室した。




 ――この一か月後。


 フェリの活躍もあり、また敵対貴族の動きが的確にして迅速であったためか、思いのほか早くダボン公爵は大法廷に引きずり出された。

 五年前は裁判長席でふんぞり返っていた男は、被告人席で処刑の宣告を受ける。

 聖王を除けば最高の権力が得られる直前で、彼の名声は地の底まで落ちたのだ。


 だがジークは、これで終わらせるつもりはなかった。


 ダボン公爵には更なる不名誉と、死ぬより辛い苦痛を味わわせるために。

 自ら転移魔法陣へ身を沈めたのだ――。



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