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狩られる者たち

 高木の先端に近い細い枝の上で、空を眺める男がいた。暗い色のローブ姿。フードを目深に被り、口は布で覆って容貌は知れない。

 遠く、黒竜が山を越えていく様を見て舌打ちを漏らした。


(ハーキムの部隊はまだ到着していないはず。となると、あの村娘が?)


 黒竜を追い払ったというのか。

 にわかには信じられなかった。のどかな辺境の村に住む娘にしては異常な強さであったものの、力量は手加減したハーキム伯爵と同程度。村から遠巻きに眺めて観察した結論だ。

 あの黒竜と互角以上に渡り合えたとは思えない。


(だがあの村……妙な結界が張ってあったな)


 近寄ると痺れるような痛みが走った。あれ以上進めば、もっとよくないことが起きるとの危機感から近寄れなかった。


 部隊は素通りできたのに、自分たちだけ入れなかったのはなぜか?

 武装しているとの簡単な条件付けではない。

 感情にまで踏みこんだ特殊な条件が付与されている可能性があった。


 辺境の村に、あれだけ高度な結界が張られる理屈が見当たらない。


(そういえばあの村はたしか……)


 とある犯罪者の名が頭をよぎるも、男はすぐさま首を横に振った。

 その犯罪者に、あれだけの結界を構築する魔力はない。術式は知っているだろうが、強いだけの村娘も含め、村人風情がそれを為せるとも思わなかった。


 どうあれ、ここでの(・・・・)任務(・・)は失敗だ。次なる策に移らなければならない。


 男は頭の中で段取りを描いていく。

 しばらくして、仲間を呼ぼうとあらかじめ決めておいた鳥の鳴き声を真似て発した。


(ん? 反応がないな)


 訝った、次の瞬間。


「ッ!?」


 頭を押さえられた。そのまま下へ、太い枝をもへし折りながら落下させられて(・・・・・)いく。


「ぶべっ!」


 どうにか防御魔法を発動できたが勢いは殺せず、顔面を地面に強打する。


「君たちはハーキム卿の部隊の者ではないよね? 何をこそこそしているのかな?」


 どこか聞き覚えのある男の声が降ってきた。記憶をまさぐり、先ほど頭をよぎった一人の男が思い出される。

 しかしすぐさま否定した。


(あの男がまったく気配を察知させずに接近し、この身を組み伏せられるはずがない)


 剣も魔法もからっきしの、頭が回るだけの元平民なのだから。


「ぐあっ!?」


 片腕がつぶされた。頭を押さえられたまま、男は足をばたつかせる。


「質問に答えてくれないと困るな。君がどこの何者で、誰の命令で何をしていたかを教えてくれないか」


 言えるはずがない。少なくとも『誰の命令か』を答えれば、いずれその人物に自分は殺されてしまうのだ。


「ま、ぺらぺらしゃべってはくれないか。でもね――」


 頭を持ち上げられた。


「ぐっ……ッ!?」


 目の前の光景に絶句する。

 男と似たようなローブ姿の者たちが、ぴくりともせず横たわっていたのだ。数は四。仲間の、すべてだ。


「安心してよ。彼らはまだ生きている。要するに、話を聞くのは君じゃなくてもいいんだ」


 あの四人の中に、命を捨ててまで忠義を尽くす者がどれだけいるだろうか? 自分だって雇い主を恐れてはいても、命がつながる保証があるならぶちまけてしまいたかった。


 口を覆う布が引き下ろされる。ぬっと覗きこんできた青年の顔を見て、男は戦慄した。


「ああ、やっぱりそうか。聞き覚えのある声だと思ったよ。ダボン公の部下だね?」


 男も彼を知っていた。

 かつて戦場で何度か顔を合わせ、言葉を交わしていたのだ。


 そして男の(あるじ)は誰あろう、彼に辺境送りを言い渡した張本人。勇者殺しの大法廷で裁判長を務めたダボン公爵だった。


「あの老人、また何か企んでいるのか。状況から推察するにハーキム卿の暗殺だろうけど、不思議だね。卿はすでに権力闘争から脱落しているのに」


 淡々と核心に迫る様に得も言われぬ怖気が全身を震わせ、男はただ一言、その名を口にする。


「マティス、ルティウス……」


 なぜ、彼がここにいるのか? 村から離れられないはずなのに。

 なぜ、首輪をしていないのか? 外せば反逆罪に問われるのに。

 そして一番の謎は、どうして自分や仲間たちを圧倒するほどの力が、彼にあるのか?


 いずれの疑問も、解消されることは永遠にない。

 だって『彼がここに首輪を外して現れた』事実を知ってしまった自分が、生かされるはずがないのだから……。


「全部、話す。だから――」


 男は恐怖のあまり引きつった笑みで懇願する。


「楽に、殺してくれ……」


「ああ、正直にすべて話せばな」


 黒髪の青年はここに至りようやく、至高の賢者の面影を消し去って応えた――。




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