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最強の勇者と至高の賢者


 地下大空洞の最奥。十メートルを超える巨大な人型――魔王の胸元に、光り輝く聖剣が突き刺さった。


「バカな……、余が、世界を統べる魔王たる余が、矮小な人なぞに……」


「おいおい、まだ世界征服してないうちから『世界を統べる』とかおこがましいな」


 両手で握った聖剣をさらに押しこもうとするのは、金髪碧眼の偉丈夫だ。


「お前の名前は憶えてやらんが、お前を倒した者の名は、冥府の土産に持っていけ。俺はジーク・アンドレアス。そして――」


 ジークは聖剣に魔力を注ぐ。


「我が親友マティス・ルティウスこそ、お前に『死』をもたらした〝至高の賢者〟だ!」


 聖剣が光り輝く。

 聖なる力の奔流が巨大な刃となりて魔王の〝(コア)〟を貫いた。


「お、のれ……、よもや、〝冥界の魔力炉〟をも破壊しようとは……」


人類(おれたち)には過ぎたものだ。当然、魔族(おまえたち)にもな。きれいさっぱり消し飛ばすのが世のためってね」


 にやりと笑みを浮かべたジークの背後から叫びが届く。


「早く戻れ! 爆発に巻きこまれるぞ!」


「おっと。せっかく魔王を倒したのに、こっちまで死んじまったら意味がない」


 ジークは突き刺さったままの聖剣を蹴って大きく後方へ跳んだ。

 着地したところには、魔法防壁に守られてしゃがみこむ青年がいた。


 黒髪に黒瞳。ジークよりも低いがすらりとした美青年だ。


「魔法陣は描いている。あとは君が魔力を注ぐだけだ。まだいける?」


「余裕余裕。しかしお前、ホントすげえな。こうまで策がばっちり嵌まるとは」


「無駄口は後だよ。君には文句がいろいろあるけど、今は早くこの場を離れないと」


「へいへい。お説教はあとで聞きますよ――っと!」


 地面に描かれた魔法陣にありったけの魔力を注ぎ込む。

 二人は光に包まれて、その場から消え去った――。




 夕焼けを吸いこむ森の中に、ジークとマティスは姿を現す。

 失われたはずの古代の秘術――『転移魔法』によって転移したのだ。


 ズズゥン……と大地が鳴動する。遅れて遠くから巨大な爆発音が空気を震わせた。


「見ろよマティス、山が吹っ飛んだぞ」


 枝葉の隙間から彼方の山が、その上部を削って噴煙を上げている。


「魔力炉の暴走の結果だね。伝承にあったとおりの威力だ」


「聖剣も一緒に吹っ飛んだかな?」


「どうだろう? 仮に破壊されなかったとしても、見つけるのは骨だろうね。それよりもジーク」


 マティスはじろりと友を見やる。


「開始早々、僕を魔法防壁で守ってくれたのは感謝する。でも『神位防壁(グランド・シールド)』なんて過剰だよ。そのせいで君は余分な魔力を消費し続け、下手をすれば魔王の核と融合した魔力炉を破壊できなかったかもしれないんだぞ?」


「俺がそんなヘマすると思うか?」


「……思わない。けど! もし君を、最強の勇者を失うことにでもなったら――あいたっ!」


 話の途中でジークがピシッと指でマティスのおでこを弾く。


「いいかマティス。勇者なんて使い捨ての駒だ。使えなくなったら別のを用意すればいい。最優先で生かすべきはお前みたいな、勇者を作れる者なんだよ」


 最悪の場合は遠隔で転移術式を起動し、マティスだけでも助けるつもりでいた。


「お前さえいれば再起が計れる。俺以上の勇者を、お前なら何人も育成できるだろ?」


「無茶言わないでくれ。僕は剣も魔法も才能がない。ただちょっと小狡く頭が回るだけの、取るに足らない男だよ。君という〝幸運〟に巡り合わなければ、貴族位も得られず埋もれていただろう」


「俺、お前のそういう卑屈なとこも好きだぞ?」


「……茶化さないでくれ」


 事実、ジークはマティスを自分以上の傑物だと認めていた。

 剣の腕はからっきし。魔法も基本がすこし使えるだけの落ちこぼれ。

 しかし彼の頭脳は、失われた古代の秘術をいくつも復活させ、軍を指揮すれば連戦連勝、そして他者の特質を正確に捉え、十九歳の若さで多くの才を発掘してきた。


 その最たる例が『最強の勇者』ジーク・アンドレアスだ。


 有り余る力を暴走させ、魔力の扱いも雑だったジークは『暴れ竜』と揶揄される鼻つまみ者だった。高貴な生まれでなければとっくに断罪されていただろう。

 自分が勇者になれたのは、親友マティスの指導のおかげと彼は信じて疑わない。


「守るべきは(おれ)じゃなく、それこそ世界を統べる力を持つ賢者(おまえ)だよ」


 自分は魔王を倒せば用済みだ。けれど平和が訪れた世界に『至高の賢者』の頭脳は欠かせない。

 マティスが反論しようとしたところで、のんびりした声が投げかけられた。


「お二人とも、無事だったのですね」


 金色の長髪がゆるく波打つ、美しい女性だ。ゆったりした白い聖職者服からでもわかる大きな胸を揺らし、慈愛の笑みを二人へ向ける。


「先生!」

「……」


 二人の恩師にして、弱冠二十四歳で魔王討伐部隊の参謀を務めるイザベラ・シャリエルだ。


「それにしても、よく大空洞の奥からここへ逃れてこられましたね。何か特別な魔法を――」


 イザベラの言葉をマティスが遮る。


「ジークのおかげですよ。それより、陽動部隊はどうなりましたか?」


「貴方のおかげで爆発前に撤退することができました。通信魔法……すばらしいものを開発してくれましたね」


「まだ合図を送る程度の機能しかありません。双方向に会話できるには先が長いですね」


「それでも誇ってよいことですよ。私は、素晴らしい教え子に恵まれました」


 さて、とイザベラは笑みを崩さぬまま言う。


「部隊はいまだ混乱中です。私はそちらをまとめなくてはなりません。この先にガディフ将軍麾下、ギュスター子爵の部隊が待っていますから、貴方がたはそちらでまずは疲れを癒してください」


 それだけを伝えると、彼女はその場を離れた。


「んじゃ、とっとと行くか」


「そうだね――ってぇ!?」


 ジークはマティスをひょいと抱え、お姫様抱っこの体勢になる。


「ちょ、ジーク! 君のほうこそ疲れているんだから――」


「まだ魔力も体力も残ってるよ」


 親友の言葉を受け流し、ずびゅーんと駆け出す最強の勇者。

 無事に味方の部隊と合流した彼らではあったが――。



 魔王討伐の知らせに歓喜する聖都に、今度は耳を疑う悲報がもたらされた。

 勇者ジーク・アンドレアスが魔族の襲撃に遭って命を落とした、と。


 数日後、魔族の残党を手引きしたとの罪で告発された一人の青年。

 黒い髪に黒い瞳。聖都大法廷の被告人席には、至高の賢者マティス・ルティウスの姿があった――。



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