よくある逆行転生なんだけどなんか違う
よくある逆行転生なんだけどなんか違う
「どうか!どうか娘だけは助けてください!」
母の叫びがこだまする。しかし、誰も助けてくれる人はいない。それはそうだ。ここは処刑場なのだから。ああ、どうしてこうなったのだろう。
私はセリーヌ・アルデンヌ。公爵令嬢だ。いや。公爵令嬢“だった”。今や我がアルデンヌ公爵家は見る影もない。何故なら、父が政争で負け、あらぬ罪を着せられ一家全員処刑されることになったから。
それもこれも全部私のせい。私が、婚約者のグレゴワール・ド・ブルボン王太子殿下に嫌われ、ついには婚約破棄を申しつけられ、平民風情に寝取られたから。父は子煩悩な人だ。私が蔑ろにされたことで、平民風情にうつつを抜かした王太子殿下に反旗を翻し、第二王子派に寝返った。その結果がこれだ。
「私の可愛いセリーヌを裏切り!平民風情にうつつを抜かした愚か者め!」
「呪われよ王太子!姉を蔑ろにした罪、いつかその身で味わうがいい!」
最期の最期まで、父は父だった。母も弟も、誰も私を責めなかった。それどころか私を気遣ってさえくれた。
ああ、私が王太子殿下に心を奪われなければ。私が王太子殿下にしつこく言い寄らなければ。私があの平民の女…エレオノール・サントのように王太子殿下を身分で見ずに、一人の人として扱っていれば。私がエレオノールのように慎み深く優しい少女のように振舞っていれば。私がエレオノールのように王太子殿下を繋ぎとめられていれば。
なにか、変わっていたのかしら。
刃が自分に向かって落ちてきて。それは一瞬のことで。だけれど、永遠に感じた。
ー…
目が覚めた。ここはどこ?天国?それとも…地獄かしら。
「ねえ、貴女。大丈夫?」
そこには幼い頃の自分が居た。…え?あれ?
「えっ…と、あの…」
わたわたと自分の身の周りを見る。そこは確かに私の家の私の部屋で。ああでも、内装を見るに、まだ幼い頃の私の部屋で。
何より驚いたのは、私の髪は金のはずなのに、この髪は茶髪で。体はがりがりのぼろぼろで、大人のものだった。爪も全然整ってなくて、服も汚い。
「貴女、私の家の前で倒れていたのよ?」
そう言って、幼い頃の私…セリーヌは、私を心配そうに見つめてくる。
「えっと…ありがとう、ございます…」
私がそういうと、セリーヌは綺麗な手で汚い私の手を優しく包み込む。ああ、そういえば幼い頃は私もこんな風に人に優しく出来ていたのだっけ。王太子殿下に冷たくあしらわれるたびに心が冷えていって、周りに辛く当たるようになってしまったけれど。
「あのね!お父様にお願いして、貴女を私の侍女として雇うことにしたの!貴女は私の元で保護してあげる!」
だからもう大丈夫よ、とセリーヌは私の頭を撫でてくる。でも、おかしい。私の家にはこんな薄汚れた女はいなかったはず。一体何がどうなっているの?
「貴女、名前は?」
「えっ…」
…咄嗟に嘘をつく。
「せ、セレスト。セレストです。姓はありません」
「そう!セレスト!ふふ。これからよろしくね」
まずはお風呂に入ってらっしゃいとセリーヌ。私は言われるがまま、お風呂に入って身を清め、侍女用の制服をもらい、ご飯をもらった。幸いなことに、両親も弟も、使用人達も優しく迎え入れてくれた。
…何が何だかわからないけれど。これは、チャンスだ。上手く幼い頃の私を誘導することが出来れば、我がアルデンヌ公爵家の破滅は回避できる。それを側で見られるだけでも、私は幸せだ。
「なら、徹底的にセレストになりきらねば」
そう私は固く決意し、セリーヌ“お嬢様”のために尽くすことを誓った。
ー…
「ねえ、セレスト。本当にこんなことでグレイ様に振り向いてもらえるの?」
「お嬢様。こんなことではありません。孤児院への寄付は尊いことです。そして、王太子殿下は身分で人を差別することを嫌い、どんな者にも手を差し伸べる者を好みます」
「わかったわ!私、お小遣いは全部寄付する!それと、身分で人を差別しない!みんなに優しくする!」
「ええ、お嬢様、その調子です」
「でも、グレイ様は王太子だけど、普通に接してもいいのかしら」
「…ええ」
おそらくは。王太子殿下は、多少無礼を働いても怒りはしない。むしろ、それで興味を惹けるはず。
「もし、今度のお茶会の席で王太子殿下の興味を惹けたなら、今日の孤児院への寄付や慰問、スラム街の皆への炊き出しなどのお話をして差し上げてください」
「うん!わかった!」
「あと、お嬢様の方からあまりしつこくしてはいけません。常に一歩引いたような距離感で、聞き上手になり、王太子殿下を立てつつ、こっそりと自分の慈善活動をアピールするのです」
「…うー、難しいなぁ」
「大丈夫。お嬢様なら出来ます」
「うん!頑張る!」
ー…
「セレスト!今日はグレイ様とお出かけなの!」
「デートですね。お供致します」
結果から言うと、計画は上手くいった。お嬢様はすっかり王太子殿下とらぶらぶだ。エレオノール・サントは現れたけれど、王太子殿下は心美しく育ったお嬢様にご執心。エレオノールは私がヒロインなのに!悪役令嬢のくせになんで!などと訳の分からないことを叫んでいたが、もしかしてエレオノールも私と同じような不思議な体験をしたのだろうか。
…そして。私のこの体はそろそろ限界らしい。医者にかかったが、もう長くないと言われた。お嬢様には意図的に伝えていない。旦那様や奥様、坊っちゃんには今までよく支えてくれた、ありがとうと言われた。みんなが幸せなだけで、私は十分だ。
「ああ、そういえば…今日は…」
「セレスト?」
「いえ、なんでもありません」
今日は、私が本来処刑される日。そして今は、処刑される頃。…ああ、本当に私は、破滅を回避できたんだ。
そう、安心すると。なんだか、眠たくなって。
「…セレスト?」
「お嬢様。どうやら私はここまでのようです。ありがとうございました」
「セレスト!?」
私は意識を手放した。
ー…
ここは、どこだろう。…ふかふかのベッド、久しぶりだ。嬉しい。私、天国に来たのかな。
「セリーヌ。大丈夫かい?」
「…っ!?旦那様!?」
「旦那様?残念ながらグレイ殿下ではなくお父様だよ」
くすくすと笑う“お父様”。一体何がどうなっているの?
「セレストが逝ってしまってすぐにお前も倒れるものだから、心配したよ」
そう言ってお父様は私の頭を撫でる。…あ、金髪だ。私、セリーヌに戻ったの?
「セレストは寿命だったんだ。もう長くなかったんだよ。セレストは今まで忠義を尽くしてくれたからね。ショックだっただろうけれど、セレストの為にも心を強く持たなければいけないよ」
「…はい、お父様」
「良い子だ」
優しく抱きしめられる。その後すぐに、王太子殿下…グレイ様がお見舞いに来た。そういえば今日はデートの約束をしていたのだったか。
「セリーヌ、体の具合はどうだ?」
「はい、もう大丈夫です」
「セレストは忠義を尽くしていたからな。ショックだっただろう。大丈夫。これからは俺がお前を支える」
強い瞳で射抜かれる。
…ああ、私はまた、貴方に恋をしてしまいました。
「…はい、グレイ様!」
こうして私は、“私”のおかげで幸せになれたのでした。
こうして悪役令嬢は幸せになれましたとさ