第七話
わたしは、それから来る日も来る日も、与えられた部屋から出ずに過ごした。浴室すら備えた客間は、引き籠るには充分だった。
運ばれて来る食事には、
今日は庭に白薔薇が咲きました。と言うメッセージカードに咲き初めたたばかりの白薔薇が添えてあったり、ーと、いった女主人の細やかな心遣いが感じられた。
毎日、毎食。
2週間目の朝、わたしは部屋を出た。
「公爵様と奥方様に、図書室に30分後おいで頂きたいとお伝えして下さい。」わたしの世話係のナルンにそう告げた。
「かしこまりました。」ナルンは、恭しく礼をすると急いで部屋をあとにした。
「図書室へ参ります。」そう告げると残った二人の世話係は、わたしの後に続いた。
図書室の、和室の障子を開けた。
「ラミー、飲む為のお水を用意して欲しいの。それから、水汲み場は、近いのかしら?」
三人の中で一番若いと言う、赤毛に雀斑がチャーミングな彼女に尋ねた。
「お嬢様、こちらに水栓があります。この栓を右に倒すと水が出ます。これは、飲み水です。左に倒すと出るのは、飲めない事はありませんが、洗濯や洗い物をする消毒水です。」と、教えてくれた。
こちらの世の中は中世ヨーロッパを想像して貰えるとピッタリくるような世界なので、現代の先進国と変わらない、いえ、所々進んでいる事にびっくりしたが、少し安心もした。
「ソル、炉に置いてある釜は持てそうかしら?」
わたしは、振り返り三人の中で一番大柄な彼女に声を掛けた。
「勿論です!」元気にソルは即答し、早速釜を持って来てくれた。
「お伝えして参りました。」息を切らして戻って来てくれたラミーに、「有難う。早速で悪いのだけど、甘いお茶菓子と此処で使う抹茶は、あるのかしら?」
「はい、ございます!持って参ります!」ラミーが、にこやかに答えた。
わたしは、彼女達に手伝って貰いながら、僅か30分で用意に奔走した。
最後に、図書室の窓から見えたトルコ桔梗によく似た薄紫の花とつる薔薇を飾った所で、
「瑠璃華」と、声を掛けられ、振り返ると和室の前に、少し驚いた様子の公爵様とにこやかな奥方様に、好奇心に目を輝かせたビーの姿があった。
わたしは、三人の前迄行き、三つ指を突いて、
「長い時間頂戴して、すみませんでした。渾沌とした自分を整理するのに、手間取ってしまいました。
本日は、皆様に、お茶を差し上げたく、お招き致しました。
ようこそ、おいでくださいまして、感謝申し上げます。」深々と礼をした。
和やかな雰囲気の中、少しの緊張を皆から感じとりながら、心地よい松風がしんとした室内に響いた。
ビーは、幼いながら、場を弁え、様々の初めてを楽しそうに経験してくれた様だった。
「この、湯の沸る音を
松風を聞く、と表現します。よく、煮えている合図です。
和風静寂、一期一会、茶道には様々な言葉があります。
一期一会とは、この時の、この席は、この方々と集う、今生で、たった一度きりの機会。又、此処でこの方々と集う事が叶っても、それはやはり、今とは異なる。つまり、二度と同じ時は巡らない、故に、どの時も大切にしなければならないと言う教えです。」
場はすすみ、皆が一服終えたところで、
「至らぬわたしを、この世界が必要としていると言うなら、わたしは、精一杯成そうと思います。
けれども、わたしは、脆弱です。
どうか、皆様を寄るべとさせて頂く事をお許し頂けるでしょうか?」
深い礼をした。そのわたしを、ビーと奥方様が、抱きしめてくれた。顔をあげると公爵様は柔らかな、しかし威厳に満ちた表情で、
「当たり前だ。そして、有難う。そう、有難う、以外言葉を持たない。」そう言って、深々と礼をしてくださった。