第四話
公爵様から示されたのは、四畳半程の小さな部屋。ーそう、それは図書室の隅に設けられた異空間だった。
障子の戸を開けると畳が敷かれ、炉があり、釜が設えられていた。
書院造の様なあり様で、茶道具と思しき物が並んでいた。
わたしが、不思議そうにそれを眺めていたのだろう。暫く、わたしをそのままに、ただ、静かに側にいてくださったであろう彼のひとが穏やかな低く曇りのない声で言った。
「君の故郷は、地球、日本、だね?」驚いたわたしの顔を瞬きすらせずに、見つめるそのひとは、真摯な眼で静かにわたしの答えを待っている。
「はい、仰る通りです。しかし、何故?そうして、此処は?」
「驚いた、よね?暫く、私の話を聞いて欲しい。質問は、その後で。?!」
「はい。」
「此処は、地球と言う星では、ない。恐らく、君の故郷のあるアンドロメダ星雲ととてもよく似た環境なのだろうが、ライガール星雲にあるライドと言う星の、リーランと言う国だ。
この星は地球と殆ど同じ条件下にあるようだ。
しかし、この星は、百年に一度の割合で、疫病、或いは戦争、或いは自然災害に因り壊滅的な被害を受ける。
今から1500年前、ある聖者が、天に祈りを捧げた。その祈りは1年に及びその聖者は、とうとう命を落とした。しかし、彼は自分の命と引き換えにこの星を救う術を得たのだ。
彼の亡骸の傍には、見目麗しい黒髪黒眼の少女が佇んでいた。
彼の魂は、彼女と邂逅し、事の次第を説明し、深い詫びと共に願ったと言う。つまり、は、自分勝手な理由。ー
このリーランを含めたライガール上が、地震、豪雨、旱魃、そしてそれに起因した疫病、飢え、嘗てない自然災害に見舞われ、人類だけでなく、植物を含めた凡ゆる命が今、絶滅の危機を迎えている。
自分は、聖者と呼ばれながら何も出来ず、唯一年祈ったに過ぎず、結果命が尽きた。しかし、創造神は、我を見捨てず、貴女を遣わされた。
どうか、この星を救って欲しい、と。
彼女は、後に光の神子と呼ばれるようになる。
光の神子は、御年16歳。地球と言う星にある日本と言う国の、皇家に最も親い中臣家の姫たる瑠璃と言った。
そう、貴女のご先祖の姫です。そうして、その聖者はローデンマイヤー家の先祖です。そうして、彼女が召喚された場所がこの、図書室になっている場所と言われています。
彼女は、当家当主の次男であった聖者ハルビンに召喚され、長男ユリウスと共に各地を巡り、祈りを捧げた
。その祈りは眩い光を齎し、その光に照らされた地は浄化され、旱魃でひび割れた地はみるみる間に緑が育ち、豪雨に因り怒涛の如き川は、見る間に清流となり、流された土砂は肥沃な田畑となり、疫病に苦しむ民はその光に因り、癒された。
その旅は1年に及び、彼女の献身は人々の感謝は言うに及ばず、尊敬を集め、信仰の対象すらなった。それが今、我が国の主流を占める光の女神信仰です。
しかしながら、瑠璃姫は、奢ることなく、又、卑俗な欲に取り込まれる事もなく、旅を通し、苦楽を共にした我が先祖であるユリウスと結婚し、我が家は、公爵位を賜り、繁栄を極めたと言われます。
故に、私の様に隔世遺伝として、黒髪黒眼が現れるようです。
それから、この星には、凡そ百年毎に訪れる災害の度、瑠璃姫の様な光の神子さまが遣わされるのです。」
公爵さまは、一気にお話されると、静かに瞑目されました。
わたしは、その、わたしと同じ漆黒の瞳が開かれるまで、自分の心臓の音が聞こえる程鎮まりかえった空間で息を潜め、問うべきときを待ちました。