三話
遅れて上背のある、軍服を着た端正なお顔だちの男性が入って来た。
「お父様!」ビーと呼ばれた少女が駆け寄る。そのひとは、かがみ込み、軽々と彼女を抱き上げ、
「今日は何をしていたのだ?」と、低いが、澄んだ穏やかな調子で尋ねた。
その2人の様子をにこやかに見守っていた美しい女性は、
「お帰りなさいませ。今しがたお気づきになったようですわ」と、静かに伝えた。
「そう、良かった。
何処か、痛む処はある?」
首を振るわたしに、お二人は顔を見合わせ、少し安堵したようだった。
「良かったわね!」小さな、あどけない、そうして元気な声に、皆で笑顔になった。
「あのう」わたしが、声を掛けると、男性はこちらを見て、かがみ込み、
「私も着替えてこよう。君も大丈夫なようなら、一緒に食事にしょう、話はそれから」と言って、にっこりと笑んで退出した。
「後ほどね」と、女性はわたしの手に触れ、部屋を後にした。
そうして、入れ替わる様に、三人の侍女が入って来て、
「お召し替え致しましょう」
と、テキパキとわたしの身支度を整え始めた。
わたしは、上質なシルクの、柔らかなクリーム色のドレスを着せられ、髪を緩く、けれども品よく結い上げられた。そうして、侍女のひとりに食堂に案内された。
ノックをして、ドアが開いた。
中に入り、一礼すると
「堅苦しい挨拶はいいよ。こちらへ」
と柔らかな笑顔と穏やかな主人の声に招かれた席に着いた。
給餌の男性が水をグラスに注いだ。
「まあ、良かったわ。ドレスが丁度良くて。」女主人は、にこやかに褒めてくれた。
「可愛いいわ。」ビーがあどけなく言うと、
「まあ、おなまさんね」
主人は勿論の事、給餌や侍女も笑顔になった。
とても温かな家族だと思った。そう、わたしの家とは違う。
「食事は、どうだったかな?」異国の者と思しき少女を気遣って主人が尋ねた。
「はい、美味しく頂戴致しました。」
「私は、クラビス・ローデンマイヤー。公爵位にあり、近衛大隊の大将職にある。こちらは、妻の、」
「マリアンヌですわ。」にこやかに仰った。
「わたしは、ビーよ、5歳なの。」
「エルビアンヌよね?」お母さまの問いかけににっこりした。
きっと、わたしの気持ちを和らげる為年長者であり、公爵の位にある方が敢えてご自分から自己紹介して下さったのだ。しかし、わたしは、、、
「わたしは、」何をどう話して良いか、自分でも状況が解らず言い澱んでいると、
「図書室へ、行こうか。」唐突に侯爵様が仰った。わたしが、少し驚いていると、
「恐らく、理解が、現状把握が速やかになされると思う。」軍人らしい判断にコクリと頷くに留めた。
公爵様に続いて長い廊下を歩き、通された図書室は、大学の図書館並みの蔵書量で驚いていると、
「こちらへ来てご覧」と促され側に歩み寄り、示されたものを見て驚いた。
わたしが絶句していると、
「君は、ここから来たのかな?」
「確かに、わたしが生まれた国だと。けれども、意図して来たのでは。」
「そうだろうね。」その、言葉の意味が解らずに答えに困っていると、
「今から話す事は、少しばかり長くなり、何よりも君を驚かせ、悲しい思いをさせるだろう。しかし、覚えていて欲しい。君には、私達がついているという事を。」わたしは、不安に、唯頷く事しかできなかった。