第十話 瑠璃色
恐らく、公爵様ご夫妻が、わたしを気遣って下さる事が大きいのだと思うが、わたしは、何かに煩わされたり、傷つけられることもなく、この20日余りを過ごした。否、過ごせた。
故に、光の神子なるものの存在が、自分とイコールだとは、未だ認識出来てはいない。
何故なら、わたしは、まだ、わたしの中で何らかの変化を感じたことも一切ないから、だ。
只、此処はわたしの存在していた筈の21世紀の日本とは違うのだけは、わかる、と言う程度だ。
そんな、わたしで大丈夫なのか?と、心配になるのだが。
明日を心配して眠れないかと思いきや、何と久々に熟睡してしまった、しまった、と言うのもおかしいが、良く眠れた。
恐らく、先の事をあれこれ案ずるより、起きた事に対処する方が容易いような、性に合っているような。
当日は、ラミーが起こしに来た。
王宮に上がり、王様と晩餐を共にすると言うので、おめかしをするのだ。
奥方様が、出入のドレスデザイナーにわたしが、こちらに来てすぐ依頼したものだ。引き篭もっていたので、微調整が済んでいない為、今やってくれるらしい。ごめんなさいなのだ。
ミッドナイトブルーの、別珍とシルクオーガンジーを組み合わせたドレスは上品で、清楚で、とても気に入った。
「奥方様、ご覧下さいまぁせ!ぴったりでございますわあ。」デザイナーのマダムボアレイが、嘶いた。あ、失礼。お馬が怒りそうだ。と、言う主観はさて置き、彼女の店は大繁盛し、彼女は、この国では第一人者だそうだ。確かに、腕もセンスも良いだろう。ま、小娘がなあに言ってんざますかあ、と言われそうだが。
「まあ、素敵だわ。とてもよく、似合っていてよ。」全身を写す大鏡の前に佇むわたしの後ろから、わたしの両肩を両手で包む様子で、鏡の中のわたしに笑んで下さった。わたしは、鏡の中の彼女ではなく、振り返り、
「有難うございます。」とお辞儀した。
「待っていて?」と、悪戯っぽく、ウインクして振り返ると、
「リョーヤ、旦那様をお呼びして?」女中頭に言付けた。リョーヤは、はい、と機敏に返答すると恭しくお辞儀して退室した。
奥方様は、マダムと新しいデザインに合う生地の話を始めた。
間もなく公爵様が、リョーヤに伴われて入室された。
「とても美しいよ、マリー。」と、奥方様を抱き寄せ、頬にキスされた。奥方様は微笑まれ、キスを返された。やはり、ここは、日本とは大きく異なり、ヨーロッパに近い。アメリカ的?!日本以外!と、言う事で!!
「ご覧になって。」公爵様を促し、わたしの前にお二人でいらっしゃった。
「よく、似合うよ。」公爵様が、優しく笑まれた。そうして、左手にお持ちだった精緻なビーズ細工の宝石箱を開けると、箱を奥方様にお渡しになり、蓋を開け、取り出されたものを
「失礼するよ」と仰り、わたしの後ろに回ると、頸に当られた。
「まぁ、よく似合うわ。」奥方様が横から鏡ではなく、わたし自身を覗き込んで仰った。その声にマダムボアレイも
「なんて素敵なんでしょう!」と華やかな声をあげた。
「とてもよく、似合うよ」公爵様が鏡越しに仰った。
「これは、ユリウス侯が妻となった瑠璃姫の為に王家から賜ったコーンフラワーブルーサファイアに、自ら探し求めたと言うブルーダイヤで縁取らせた日本の桔梗を形取ったものだ。」
「その様な大切なお品を、、、」
「長い時を経て、我が家に降り立った光の神子の御印として、王と初めての謁見の折に身に付ける習わしになったのだ。」