第9話:記憶の置手紙
夕食後、やっと自分の時間を取ることができた。俺は自分の部屋(最初に目覚めた時と同じ場所)へと案内され、休むように言われた。
改めて部屋を見回してみると、机、椅子、ベッド、クローゼットといったような必要最低限のものだけが置かれている。これだけあれば今は困ることはないし、必要なものは言えば手に入るようなので問題ない。
そして俺はふと、壁に掛けられた一枚の大きな鏡に目を向けた。この世界に来てからというものまだ一度も鏡で自分の姿を確認していない。
このルティアという少女、コマリさんが気絶するほどだから美少女であることは間違いがない。だから、俺は期待を込めて鏡の前に立ち、自分の姿を見た。
・・・わああああ、これは想像以上だ。肩甲骨の辺りまで伸ばしたサラサラの黒髪に3本の銀のメッシュが入っている。顔立ちは整っていながらもどこか儚げで、青く透き通った瞳が輝くこの神秘的な顔で微笑まれたら、心が浄化されてしまうのではないかと感じるほどだった。いや、コマリさんは浄化じゃなくて変態化させられてるし、実は小悪魔的魅力も備えているのかもしれない。
体つきはほっそりしていながらも、十分に強い力が出る。不思議なものだ。
しかし、これだとあれだな。なんの魅力もない俺の体を使わせているルティアに対して非常に申し訳なくなるな。
こんなことになると分かっていたなら、もう少し鍛えるとかしてたものを・・・ってそんなの分かるわけないし無理か。仕方のないことを考えるのはやめだ。
今の自分の姿を見れてスッキリした。今日はもう色々あったし、疲れた。この世界のことは気になるけど、まだまだ時間はあるんだし、今日はもう寝よう。
ベッドの中で明日からも続く異世界での生活を思い描きながら、俺は明日が来るのを待つのだった。
その夜夢を見た。いや、夢というか、記憶を思い出している感じなのか?このルティアという少女の体が覚えている様々な記憶が今俺の意識へと流れ込んできているような感覚だ。
初めはかなり貧相な孤児院での暮らしから始まり、その後立派な建物に移ってミサさんやコマリさん、そして他の子供たちと暮らす生活がへと変わった。幼いのに色々苦労してるな・・・。日本での俺の生活なんてぬるま湯でしかないと思えた。
次に思い出したのは、身分の高そうな人物から異世界転身魔法について聞かされる場面。そして、自分と同じ孤児のために異世界行きを決意する場面。ミサさんが言っていた通りで、本当に優しい子だ。
そして最後、鏡で見た自分、ルティアの姿がそのまま頭に浮かんだ。驚いたことに、そのルティアが喋りだした。
「この私の体に転身する方へ。私は私自身の願望のために、あなたに多大な迷惑をかけることになります。私の記憶を見れば分かると思いますが、この国には私が最初に暮らしていたような支援の行き届いていない孤児院がたくさんあります。ある時私は王都にある環境の整った孤児院へと移ることになりましたが、元の孤児院での暮らしぶりを忘れたことはありません。
私がこの異世界転身の対象に選ばれたのは、私にこの国の不遇な子供たちを救う使命があるからだと感じました。だから私はこの道を選ぶしかなかったのです。
あなたの体は大切に扱います。あなたにこのようなことをお願いできる立場ではないとは分かっていますが、もしあなたがそれでも願いを聞いてくれる優しい方なら、魔法の効果が切れる時までどうか無事でいてください」
そうか、これはルティアが記憶の中に残した置手紙のようなものなのか。いやはや、ここまで真面目に語られると、適当すぎる自分が恥ずかしくなる。
俺がルティアに何かを伝える手段はない。しかし、ルティアが俺の記憶を思い出しているのなら、俺がどれだけ雑な人間かは分かってもらえるだろう。
日頃から異世界とか行ってみたいなーとか考えてたし、それを知れば多少は安心してくれるかな?
後は、こんなルティアの記憶を見て、この体を大切にしないなんてことは極悪人でもない限りないだろうと伝えたい。自分のやるべきことにもっと自信を持ってもいいだろうと。
そんなことを思いながら、俺は日本でのルティアの暮らしがうまくいくように願ったのだった。
海入の異世界生活、初日終了です。
次回、ルティア始動。