side.L 第19話:ここで最大限に賭けるわ 前半
宇水さんが休憩から帰って来た。まだピアノの練習が続くかに思えたけれど、
「今日は海入君も来てくれてることだから、レッスンはここまでにしましょう。それで、海入君には夕食を食べていってもらうことになったから、私は使用人に料理の量を増やす
ように言ってくるわ。二人は夕食の準備ができるまでお話でもして待っていなさい」
口裏を合わせておいた通り、恵さんはそう言って私と宇水さんを残し部屋から出ていった。
「夕食まで食べていくなんて、あなた、随分と図々しいのね」
呆れたような顔で私を睨む宇水さん。相変わらず刺々しい物言いをするわね。でも、私としてはこのチャンスを逃すわけにはいかないわ。
「恵さんが良いっていうんだから良いだろ。それより、さっきまでの演奏すごく良かったよ。音の流れが滑らかで心地良いというか、ずっと聞いていられると思った。すごいんだね、宇水さんって」
相手に取り入るなら相手が褒められたいところを褒めろと王立孤児院で教わったわ。宇水さんがピアノを弾くのが好きなら、これで少しは心を開いてくれるはずよ。
「もうそういった煽ての言葉は聞き飽きたわ。私の演奏を聴いた人は誰でもそうやって褒めるけれど、本気でそう思っている人は誰一人としていないのよ。だから皆同じような言葉で賞賛するの」
ほら、心を開いて・・・、って、あら?どうやら逆効果だったみたいだわ。どうやら今まで褒められすぎて疑心暗鬼なってるみたいね。私も取り入る術だとか考えながら言ってしまったわ。でも、内容自体は本当に私が感じたままのことを言っただけなのよ。
「同じような言葉って・・・。他の人がどういうつもりで言ったかは知らないけど、俺は俺の本心から宇水さんの演奏に聞き惚れていたんだよ。そこは信じてほしいんだ」
「そうなの?まあ、そこまで言い張るんだったら普通に褒めてくれてるんだと思っておいてあげるわ」
宇水さんは嫌そうだった顔を少し和らげてくれた。ふぅ、危なかったわ。まさか褒めることが地雷になっているだなんて思いもしなかったわよ。でも、どうしてそんなに他人のことを受け付けないのかしら?
「それだけ宇水さんはすごいんだから、自信を持っていいと思うんだけどな。他の人だって本気で宇水さんの演奏が好きでも全然おかしくないよ。なのに、どうしてそんなに他人を受け付けないんだよ?」
ここは思い切って踏み込んでみる。この点は何としてでも明らかにしないといけないわ。私の言葉を受けて、宇水さんはしばらく目を閉じた後、少しずつ口から言葉を溢れさせた。
「・・・それは、他人という存在が私に影響を与える限り、私は正しく変われないからよ。私は特別になりたいの。でも、他人の影響を受けて何かをするということは、その人の影がいつまでも私の背後にちらついて私を特別から引き剥がすのよ。だから、他人が私のことをどう思っているかなんて本当は関係ないの。ただ、他人が私に影響を及ぼすのが嫌なだけなのよ」
吐露された彼女の気持ち。特別になりたい、ね。その気持ちが彼女の心を捻じ曲げてしまっているのね。正直、特別であることがどれほど重要なのかは分からないわ。ネストールでは日々を一生懸命に生きるしかなかった私にはそんなことを考える暇もなかったのだから。
でも、今の彼女の言葉にはおかしな点があると思うの。
「他人の影響に影響を及ぼされるのが嫌、それならなんでこの間は俺の話を聞いたんだよ。あれってつまり、俺の話を聞いて参考にしようとしていたってことだろ?」
「それはあの時言ったでしょ、気の迷いだった、って。まあ、あなたには少し私と似た境遇を感じたから、話を聞けば何か掴めるかもしれないと思ってはいたわ。でも、私とあなたは全くの別人で、私には到底受け入れられないということが分かっただけだったのよ。私は私の過去の行いや思考を全てを知る人間の言葉しか受け入れられない。そんな人間は私自身以外にはありえないって、改めて気付かされたわ」
私の指摘にも宇水さんは決して怯むことなく答える。本当に、頑なに自分の考えを曲げないわね・・・。
でも、今度こそ彼女の考えが間違っていると言える点が発覚したわ。彼女はそれが間違いだとは夢にも思わないだろうけれどね。私もここで最大限に賭けるわ。
「・・・宇水さんの全てを知る人間の存在、それが宇水さん以外にはありえないという認識は間違ってるよ。だって俺、いや、私は、海入の全てを知る転身者なのだから。私はルティア、異世界の人間なんだよ」
読んで下さってありがとうございます。
活動報告で後書きしてます。
※17話をその1→前半 18話をその2→後半 に変更しました。




