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side.L 第17話:宇水さんの演奏を聴くわ 前半

 私はリノスに戻ってしまったのかしら?転身魔法の効果は5年と言われていたけれど、それは一度目の転身魔法の効果が5年だったってだけの話なのよね。だからもしかしたらその推測は間違いだったのかもしれないわね。

 ・・・って、ちゃんとして私、落ち着いて考えるのよ。

 どうして私がこんな現実逃避をしているかというと、目の前の建物が異質すぎたからよ。この町の建物はどれも機能を重視した形をしていて、それはそれである意味美しいのだけれど、美術的な美しさは損なわれているわ。

 でもこの建物は、ネストールの貴族が住むような、明らかに効率を度外視して作られた魅せるための構造をしているのよ。広大な敷地に作られたバラの庭園とか、一級の職人が作ったであろう彫刻とか。

 これ、宇水さんの自宅なのよね・・・。まさかこんな屋敷に住んでいるとは思わなくてド肝を抜かれそうになったけれど、ここでうっかり驚きの声でも上げてしまったら更に宇水さんに嘗められてしまうわ。それは何としてでも避けないといけないわね。


「どうぞ、入って」

 ここに来るまでの徒歩での移動の15分間、一言も話さなかった宇水さんがやっと口を開いたわ。ここまでの空気はしんどかったけれど、ここから挽回していくわよ。


「お邪魔します」

 屋敷の中に入ると、そこにはまた異世界が広がっていたわ。華美な意匠が凝らされた照明や階段がまず目に映り、床に敷かれたカーペットも複雑な紋様が織り込まれていて、正に圧巻だったわ。安全と富、リノスでの私に無いものを全て持っているわね。それでいてまだ悩みがあるだなんて、幸せって一体どこにあるのかしら、分からなくなってくるわ。

 そんなことを考えながら廊下を歩いていき、やがて大扉の前に辿り着いた。扉の中からは微かにピアノの音色が聞こえる。誰かが中で演奏しているのかしら?

 でも、宇水さんは遠慮なしに扉を開けた。演奏の邪魔になるんじゃないかと思ってたけど、宇水さんが気にせずそのまま大扉の中へと入っていったから私も続いて入ったわ。

 中はかなり広い空間が広がっていた。床は2段に分かれており、手前に広がる1段目にはたくさんの椅子が並べられていて、奥の狭い2段目にはピアノが一台とピアノ椅子が一脚、そしてその椅子には短く揃えた銀髪が目立つスタイルの良い女性が座っていた。

 さっきまでこの人がピアノを弾いていたのね。私たちが部屋に入ってきたのに気付いたのかピアノを弾くのを止めてるわね。


「ただいま、母さん」

 宇水さんがその女性に声をかけた。へえ、この人が宇水さんの母親、なのね。


「お帰りなさい、神楽。隣の男の子はお友達?あなたが家に友達を呼ぶなんて久しぶりね」

「別に、友達じゃないわ。彼が何故か私のピアノ演奏を聞きたいなんて言い出して、私は彼に少し借りがあるからそれを返すためにその頼みを受け入れただけよ」


 少し嬉しそうな母親に対して、冷たい言葉で返す宇水さん。全く、もう少し言い方ってものがあるんじゃないかしら。でも、こうして家に来れただけでも奇跡みたいなものなのだから、今は事を荒立てるような真似は避けるべきね。


「あら、そうなの。それなら、これから仲良くなるかもしれないのね。その子は神楽のことが気になってるワケだものね。

 私は神楽の母の恵よ。君、お名前はなんていうの?」

「あ、あの、俺は藤山海入って言います。高校一年生の時宇水さんと同じクラスでした。俺は勝手に音を聞いて楽しんでおくので、俺のことは気にせず練習を始めてください」


 名前を尋ねる恵さんの優し気な瞳に見つめられて、何故だか私は一瞬胸がキュっとなる感覚を覚えた。突然の謎の感覚に動揺して、それを悟られないために慌てて話を進めてしまったわ。


「藤山海入君ね、覚えたわ。それでは今からピアノのレッスンを始めるから、何もお構いできなくて申し訳ないけれども、存分に楽しんでいってね」

 恵さんはそう言うとピアノ椅子を宇水さんに譲って、ピアノを教える態勢に入ったわ。

 ふぅ、さっきは謎の感覚にビックリさせられちゃったけれど、そんなのを気にしている場合ではないわね。今は二人の様子を見て、宇水さんのことをできるだけ理解しなくてはいけないわ。


読んで下さってありがとうございます。

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