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NYに留学中の甥が伊賀忍者に集団リンチでボコボコにされた話

作者: 村崎羯諦

「忍術もへったくれもねぇよ。あんなもん、ただの数の暴力だ」


 ニューヨークにある病院の一室。ベッドの上で身体中に包帯を巻いた甥がそう吐き捨てる。そのまま甥は鬱憤を晴らすかのように、自分をボコボコにした伊賀忍者たちへの罵詈雑言を日本語でまくしたてた。あいつらは自分が一人になったタイミングを狙った卑怯者集団だとか、結局はアメリカに馴染めない社会不適合者の集団だとか。英語が飛び交う病室に、甥の早口の日本語が反響する。元気そうで何よりだと俺がからかうと、甥は肩をすくめながらため息をついた。


「他の人にはあんまり言いふらさないでくれよ、おじさん。日本の家族とかアメリカの知人とかにさ。あんな連中にやられたなんてことがバレたら、どれだけ馬鹿にされるかわかんねぇよ」


 おじさんも気をつけろよ。俺がわかったと苦笑いを浮かべながらうなずくと、甥は茶化すように俺にそう言った。



*****



 甥への見舞いの帰り道。サウス・ブロンクスのイースト151stストリートを歩いていると、通りにちょっとした人だかりができているのに気がつく。好奇心に駆られ、黒人やヒスパニックの人だかりを掻き分け、何が起きているのか確認してみる。すると、何の因果か、そこでは一人の小柄な伊賀忍者が二人の警察官から組み伏せられていた。


 一方の屈強な黒人警察官が吐瀉物でまみれた地面に伊賀忍者を押さえつけ、身体中のポケットを探っている。伊賀忍者が抗議の声を上げると、そばで見ているもう一人が伊賀忍者の腹部を強く蹴り上げる。すると周りを囲んでいる野次馬たちが歓声をあげ、「サムラーイ! サムラーイ!」と嘲笑混じりの言葉を伊賀忍者へと投げかける。


 取り調べという名の一方的な暴力行使。鬱屈した毎日のちょっとした息抜き。治安の悪いここ近辺ではよく見かける光景だった。伊賀忍者の顔は涙と土で汚れ、黒い衣装は所々が擦り切れてしまっている。伊賀忍者がまた大声で何かを叫ぶ。警官が伊賀忍者の身体を踏みつけ、それを見た野次馬たちがもっとやれとはやしたてる。伊賀忍者の表情には痛みと羞恥と、どこか諦念にも似た感情が宿っていた。


 俺は顔を伏せ、踵を返す。ルーツを同じにするアジア人が虐げられているのを見るのは気分が悪かった。俺は野次馬の集団から離れ、帰路を急ごうとした。しかし、その時。俺の左腕が何者かによって掴まれる。そのまま俺は腕を強引に引っ張られ、為す術もなく広い通りから小さな路地へと引きずられていく。


「有り金を全部出すんだ」


 低く、訛りの入った英語で俺は命令される。俺の腕を掴み、路地裏へと連れ込んだのは、一人の屈強な伊賀忍者だった。黒頭巾の下からのぞく鋭い眼光には敵意が宿り、俺の腕を掴んでいる逆の手には果物ナイフが握られていた。喧嘩で勝てる相手ではない。俺は自分の不運を呪いながら、大人しく財布を取り出し、伊賀忍者へ手渡した。さあ、早く帰らせてくれ。俺がそう言おうとしたその瞬間、腹部に強烈な痛みが走った。俺は腹を抱え、膝から崩れ落ちる。


 そのまま追い打ちをかけるように続けて蹴りが入れられる。何度も何度も。それも、あらゆる方向から。俺は頭だけは必死に守りながら、ちらりと上を見た。いつの間にか、俺の周りには屈強な伊賀忍者とは別に、数人の伊賀忍者が集まっていった。彼らは表情を変えることなく、抵抗もできずにいる俺に情け容赦なく蹴りを入れていた。


「狙うんだったら、お前たちを差別するネイティブ連中を狙えばいいだろう。俺は日本人だぞ!」


 蹴りが止んだ一瞬を狙い、俺は声を振り絞っていった。しかし、返ってきたのは乾いた笑い声だった。


「お前が日本人だから狙うんだ。あいつらを襲うと、警察が本気になるからな。俺たちだってこれがクールじゃないことはわかってる。だがな、わかってくれ、兄弟」


 俺を路地へと連れ込んだリーダー格の伊賀忍者が英語で言った。


「こういうことでもしてなきゃ、俺達は俺達が伊賀忍者であること……いや、人間であることを忘れちまいそうになるんだ」


 馬鹿げてる。俺がそう言うと、さらに強烈な蹴りが一発入れられた。嗚咽混じりのうめき声が俺の口から漏れる。他の伊賀忍者が情け容赦なく俺の肩、背中を蹴ったり、手や頭を踏みつけたりしてくる。強烈な一撃が肋骨あたりにヒットし、抑えられないほどの痛みが走った。休む暇もなく、一方的な暴力が続く。時間の感覚はとっくになくなり、ただ鈍い痛みだけが俺の思考を支配していった。


「待ってくれ、ディック。俺に……俺にやらせてくれ」


 リーダー格の伊賀忍者の後ろから、か細い声が聞こえてきた。リンチが一旦中断され、俺を囲んでいる数人の伊賀忍者が声のする方へと振り向くのが見えた。俺もなんとか顔を動かし、声の主を確認する。そいつは、先程まで通りで警察官から取り調べを受けていたあの小柄な伊賀忍者だった。顔は所々腫れ上がり、鼻血で顔中が汚れている。それでも目だけは大きく見開かれ、ボロ雑巾のように地面に横たわる俺を矢のように射抜いていた。


 ディックと呼ばれたリーダー格の伊賀忍者が道をあける。ボロボロの伊賀忍者は路地に打ち捨てられていた鉄パイプを拾い上げ、それを握りしめた。それを持ったまま、やつは俺の方へと近づいてくる。足を引きずりながら、荒い呼吸をしながら。


「お前、さっきまで警官からいじめられていただろ。見てたぞ」


 俺は彼らには理解できない日本語でつぶやいてやった。いじめられていた伊賀忍者は俺の目の前へと立ち、鉄パイプを両手で握り直した。そして興奮と憎悪で荒くなった呼吸を落ち着かせ、鉄パイプを勢いよく振り上げる。


「ホント……救いようのない連中だな」


 頭部に燃えるような痛みが走り、そのまま俺は気を失った。

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