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悪役令嬢は和食をご所望です  作者: 朝日奈 侑
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お義兄様ときちんとお話してみました

 こっそりリムの後をついていくと彼は人気のない中庭へ出て、隅にある花壇の淵に腰かける。そしてどこか遠い空の向こうでも見るかのように視線を投げ、そのまま動かなくなった。その表情はどことなく疲れている気がする。


 疲れている時って気遣って色々してほしい人とそっとしておいてほしい人といると思うけど、リムは後者かなぁ?少なくともついこの間までまとわりついてきた鬱陶しい妹に出てきてほしくはないよね、きっと。

 けど、私のうちなるアラサー女子がおせっかいをやきたがっている気がする。だってこの歳の子供なんて普通は親に『聞いて聞いて聞いて!』の嵐でしょ?ただでさえもやもやを溜めこむのって不健康なのに、こんな子供が言いたいこと言えずにいるとかほうっておけなくない?


 私は意を決して隠れていた木の影から歩き出した。もちろんリムは気づいたようで、ぼんやりとしていた表情からさっと『義兄の顔』になる。


 「シトラス?どうしてここに?」


 『もうまとわりつかないと言ったばっかりじゃなかったかこのスットコドッコイ』と微塵も思っていなさそうな優しい笑顔に『リムは本当に大人だ』と感心しながらも傍へ近寄り、少し距離を開けて私も花壇の淵に座った。歳のわりに背の高いリムと違って、私は両足が地面から浮く。


 「シトラス!?そんなところに座っては服が汚れてしまうよ!?」

 「あら、お義兄様もおあいこではありませんか」


 貴族の令嬢ならこんなところに座ったりしないのだろうが、それは貴族の令息も同じことだ。ここは他に誰も見てないし、ちょっとくらいかまわないだろう。私は悪戯っぽく笑ってみせた。

 そんな私に最初は呆気にとられていたリムも諦めたように微笑って、それから不思議そうな表情に変えた。


 「僕に何か用かな?」


 私は一度リムの視線をきちんと受け止めてから、ふいっと顔を前へと向ける。


 「お義兄様が先ほどお茶にもクッキーにも口をつけておられなかったので・・・」


 私はそう切り出した。目線は中庭へ投げ出しているのでリムがどういう表情をしているのかわからないが、なんとなく空気が少し強張った気がする。

 『さて、この後どう言葉にしたものか』と束の間考えて、私は口を開いた。


 「ずっと気を張っているのは疲れませんか?」


 私の言葉にリムが小さく息を呑む音がした。どうやら図星だったようだ。

 そう、私はお茶の時間でのリムを思い出して一つ思い当たったのだ。彼はずっと背筋を伸ばしていた。思い返せば食事などの際もずっと気を張り詰めいている印象だった。貴族なのだからあたりまえかもしれないけど、リムの食事作法や普段の所作は完璧だ。ただアラサー目線で見てみると違和感がある。ぎこちないのではなく、どこか窮屈なのだ。なぜかはわからないけど、リムはきっとこの家でずっと緊張している。だからクッキーが喉を通らなかったり、食事の時にどこか息苦しそうだったりするんじゃないだろうか。『食べる』ということは人間の『素』の部分を解き放つような行為だと思うから、緊張している場では箸も進まなくなるはずだ。この世界、箸は使ってないけど。


 「・・・いつから気づいてたの?」


 リムがそう尋ねてきた。私は前を見たままちょっと笑う。そんな前々から気づくほど私は聡い人間ではない。


 「つい先ほどですわ」

 「・・・そっか」

 「お義兄様にとって、この家は居心地良くありませんか?」

 「そんなことないよ!」


 私の質問にリムは慌てたように答えた。

 まぁたしかにこう聞かれて「うん、ちょっとね」とは言えないか。


 「本当ですか?私、お父様達に告げ口などしませんよ?」

 「本当だよ!お義父様もお義母様もとても良くしてくださるし、君も懐いてくれているし・・・僕が、勝手に緊張しているだけ」


 ちょっとだけリムの方へ顔を向けて問いを重ねる私にリムは首を横に振って、それから視線を自分の膝に落とした。


 「・・・僕はこの家に養子にきただろう?」

 「はい」

 「僕はもともとそんな優秀な人間じゃないから、この立派なルベライト家の当主となるために今のうちからがんばらないとって、一瞬でも何か粗相があってはいけないと思っていたらなんだかちょっと疲れちゃって・・・。時々ここで一人になって息抜きしていたつもりなんだけど、うまく隠せてなかったんだな」


 そんな風にがんばらないといけないほどの家だろうかと思ったが、たしかにルベライト家はこの国で三大公爵家の一つと言われている。子煩悩で娘のワガママをそのままにしてしまうような父ではあるが、当主としては有能なのだ。そんな家を継ぐというのはたしかに重荷かもしれない。お父様はリムに期待を寄せているから、なおさら。


 「お義兄様が優秀でないのなら、私なんてそのへんの紙屑ですわ」

 「シトラスはそう言ってくれるけど、僕・・・・・実は前の家で長男なんだ」


 リムの言葉に私はびっくりして思わずリムの顔を見た。この世界では養子なんて珍しくないが、それは次男や三男が一般的で、長男は原則生まれた家を継ぐ。長男を養子に出す家なんて聞いたことがない。

 言葉が出てこない私をそのままにリムは自嘲気味に微笑って話を続けた。


 「弟の方が優秀でね。本を読ませてもかけっこをさせても結果は弟の方が良いんだ。それも弟は特に何の努力もしてないのに。それで、僕の方が養子に出されたんだよ」


 話ながらリムは俯く。膝の上に置かれた手が小さく震えていた。


 「だから、僕はこの家の役に立てるようがんばらないと・・・・・もう、僕には、この家しかないから」


 リムの今にも泣きだしそうな声に、私は初めて自分は今この世界に生きているのだと実感した。前世の記憶を思い出して若干ふわふわした心地だったけれど、急に夢から叩き起こされた気分だ。

 私は、バカだな。

 いくら前世で読んでいた小説の世界に酷似しているとは言え、ここは現実の世界で、ちゃんと人々がそれぞれの心を持って息づいている。誰もが羨むような美少年にも、傷つけられれば痛む柔らかい心があるのだ。


 私は改めて前を向き、風で揺れる草花を見ながら口を開いた。


 「お義兄様はこの家に来てまだ一年もたっていませんからご存じないかもしれませんが・・・」


 俯いていたリムがこちらを向いたのか、頬に視線を感じる。


 「お父様、グリーンピースがお嫌いなのです」

 「・・・え?」

 「それから、すっごく音痴ですわ。服のセンスも壊滅的ですし、時々何もないところで躓いたりすることもあります。あとはよく書斎のソファでお昼寝をなさってます。この前お母様に指摘されて、寝ぐせをつけたまま『ちょっと人生について考えてた』とかわけのわからない言い訳をなさって・・・」

 「え、あの、シトラス?」


 私の意図が分からず困惑しているリムに微笑みかける。できるだけ、安心してもらえるように。


 「そんなお父様でも立派に当主を務めておられ、領民にとても慕われています。それにお義兄様、私は恥ずかしながらそんなに出来の良い娘ではないですが、お義兄様の力になってくださりそうな家の方と婚姻したりなどしてお義兄様のお手伝いをできるよう努めます。ですから、お義兄様が全てを背負って完璧に振舞わなければならないことなどありませんわ」


 私の言葉にリムが目を見開くのを見ながら、私は伝えたいことを、きちんと伝わるように考えながら口にする。

 大丈夫。あなたはまだ、子供らしくしていて全然かまわないのだと。うまくできないことがあっても、少しずつできるようになっていけば良いのだと。


 「お父様だって、いついかなる時も完全無欠なお義兄様より、たまに人間らしいところを見せてくれるお義兄様の方が接しやすくてお好きだと思いますわ」

 「・・・・・ありがとう、シトラス」


 そう言ってリムが微笑ってくれた。今まで見てきたような『優等生なリム』でも『優しい義兄のリム』でもない、かと言って七歳の少年っぽくもない、泣くのをちょっと堪えているような笑顔だった。



 その日の夜、夕食の席でリムは「いつもがんばって食べているけれど、実はセロリが苦手」と話してくれた。それを聞いたお父様も「僕もリムくらいの歳の時は苦手だったなぁ」と笑い、お母様も「私も食べられるようになったのはごく最近ですわ」と応じていた。

 なんだか前よりずっと打ち解けた感がある。よかったよかった。

 私?セロリ?私は三人のセロリ話を聞きながらシャクシャク食べてましたよ、セロリ。あ、そういえばセロリもぬか漬けにすると美味しいんだった。ぬか床作れるようになったらぜひ漬けよう。

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