犯人はあなたです
誤字脱字わかりにくい文章など気をつけているつもりですがもしございましたら申し訳ないです。
どうぞよろしくお願い致します。
「妙なところに気が回る頭を持ってるわりにはこういうしょうもないことをすると一族全体に迷惑がかかることには気づけないものなんだね」
机に頬杖をつきながら気怠げに座っているライセの口から長いため息が漏れた。
皆様のお察しの通りただ今ライセ様のご機嫌は麗しくない。原因は私である。いや正確に言うと私自身に怒ってるわけではなくて私に起こった出来事というかなんというかでもなんとなく私居心地悪み感否めません。
「申し訳ないです・・・」
象と対峙するミジンコのような心境で謝るとライセはきょとんとした顔をした。
「あんたが謝ることじゃないでしょ、被害者なんだから」
ライセは私を『被害者』と言ってくれるが、学園内では今私はアミルを池に突き落とした『加害者』ということになっている。そういえば最近お弁当作りでわこわこしてたから忘れていたけど、たしかに小説でシトラスがそういう嫌がらせをしている場面があって、クロエがアミルを助けてその姿をケントが見てクロエに興味を待つという流れだったなぁ。ほんまなんで忘れてたんやろか。ストーリー補正あな恐ろしや。
でも今回私は突き飛ばしてないことを差し引いてもクロエは現場にいなかったし、ケントも目撃証言で名乗りをあげてないから小説の展開とはまた違うのかなぁ?
とりあえず私とアミルは事態を心配してくれたエリク、ステュアート、リム、ライセにこっそり呼び出されて空き教室で状況説明をしているなぅ。
アミルの話では私、シトラスからの手紙に『昼休み裏庭の池のほとりで待て』と書いてあったらしい。らしい、というのは手紙を持参しろという指示に従った結果、池に落ちて濡れたことで解読不可能になってしまったためだ。ライセが言う『妙なところに気が回る』ところである。
「筆跡で本当の差出人が判明してしまうことを恐れたってことか。たしかに妙なところが賢しいな」
エリクが右手を顎に当てて皮肉っぽい表情で首を傾げた。なんだこれSSRかというほどに色気が凄まじい。ちょっと悪役っぽい感じもあってそそられてまう。あかんやつやこれ。いや、そんなこと思ってる場合でないのはわかってるんですけども。
「まぁ、これ自体は決定的な証拠にはならないけど、これで決定的な証拠を釣り上げることはできるから」
ライセがなんてことないようにサラッと言う。ここでドヤ顔で言わないクールさがたまらん一生ついていきたい。
「そうだね。それにはできるだけ大勢の前で作戦を実行した方がいいな」
ライセの言わんとすることを理解したふうなリムが頷く。
「証人を多く確保できるのはいいけど、周囲に人が多いとどこから手が出るかわかんねぇからリムと俺はシトラスとアミルの護衛に回るぞ」
同じくライセの作戦を把握したらしいステュアート。
「それではさっそく取りかかるとするか。あまり広すぎると犯人が逃げようとした時の捕獲の難易度が上がるから場所は自教室でかまわないか?」
エリクもライセの説明を聞かずして内容をわかっている模様。
え、なになに?イケメン攻略対象同士はそんな高度な以心伝心できるものなの?
か、格好いぃ・・・!
ところで申し訳ないが私は計画を微塵も察知できていないので説明プリーズですわ。
その日の放課後、エリクの指示のもと特進クラスとAクラスの生徒全員が集められた。教壇にはエリクとライセが立ち、教壇前の少し開けた空間にアミルと私、そしてそれぞれの背後にステュアートとリムが立った。その周りを他の生徒達が囲む。
「本日昼休み、特進クラスのシトラスが同じく特進クラスのアミル嬢を裏庭の池に突き落としたところをAクラスのジュディ嬢が見たという事態があった。そのことについて詳しく状況を聞きたい。ジュディ嬢、間違いなくシトラスがアミル嬢を池に突き落とすところを見たのか?」
「もちろんですわ、エリク様。間違いありません」
あの時私達に向かって『何をなさっておいでなのですか!?』と叫んだ第一発見者はAクラスのジュディ・マイカという女生徒だった。小説では見たことも聞いたこともないからカテゴリーとしてはモブキャラなのだろうが、そのわりには私より遥かに美少女だった。ちょっとずるい。
エリクに確認され、彼女は自信たっぷりに答えた。
「・・・そうか。ジュディ嬢はこう言っているが、シトラスはどうだ?」
「私は突き飛ばしてはおりません。裏庭のガゼボで昼食をとっていたところアミルさんが何者かに突き飛ばされたのを助けただけです」
「何を白々しいことを仰ってるんですの?私はシトラス様とアミルさん以外の人は見ておりませんわ」
エリクの問いに対する私の回答にジュディは嫌悪感剥き出しで言い募ってきた。
「なるほど。・・・アミル嬢はどうだ?突き落としてきた人物を確認できたか?」
エリクはあくまで冷静かつ公正に話を進める。
「いいえ、残念ながら・・・ですが、ここに私を裏庭へと呼び出した手紙があります。筆跡を確認していただければ確固たる証拠になるかと思います」
アミルがポケットから白い紙を取り出すとさっきまで威勢の良かったジュディの顔色が一瞬にして青褪めた。しかし、どうにか取り繕ったような笑顔でパンッと両手を合わせる。
「証拠が残っているなんて素晴らしいですわ!でも筆跡まで確認する必要がありますかしら?差出人としてシトラス・ルベライト様の名前が書いてあるだけで充分ではありませんか」
「差出人はどうとでも偽れるのだから筆跡確認は必須だ。筆跡は真似しようとしても意外と真似できるものではないからね。ところで・・・」
ジュディの言葉を受けてライセがアミルの手から紙を受け取りながらジュディを見据えた。
「なぜ差出人としてシトラスの名前が書いてあるとわかるわけ?」
「それは・・・っ、シトラス様がアミルさんを突き飛ばした張本人だからですわ!」
「突き飛ばしたと証言しているのはあんただけ。そして、アミルは自分を呼び出した手紙と言っただけで差出人名が書いてあるともないとも言ってない。差出人としてシトラスの名前が書いてあったと知っているのは手紙を読んだアミルと手紙を書いた人間だけじゃないかな。だいたいこれから池に突き飛ばす相手に手紙で名前を明かすなんておかしすぎるでしょ」
「だから手紙を持ってこいと書いてあったのではありませんか?池の水で滲めば読めなくなりますもの」
「そうだね。たしかにその通りだけど、なぜ手紙を持って裏庭へ来るように書いてあったことを知ってんの?」
「・・・っ!」
ライセの言葉にジュディだけでなく見守っていた生徒全員が息を飲んだ。
「ーーー語るに落ちたね。正真正銘、それは読んだアミルと書いた本人しか知らないことだ」
ジュディが往生際悪く何かを言おうと口を開けたり閉じたりしていると教室の隅から場違いなほど朗らかな声が聞こえた。
「エリク殿、ライセ殿、俺からも1ついいですか?」
ケント・エメラルドだった。入学してからもちろん特進クラスで一緒だったけど、あまり関わらないようにしてたからまともに声を聞くのは最初の自己紹介以来じゃないかな。
「あぁ、もちろんだケント殿」
エリクが先を促した。
「ありがとうございます。とは言っても、我ながらこのタイミングは遅いなとわかってるんですけど、言わないのも違うかなと思うので・・・実は俺も偶然あの現場を見ていたんですよ。それですぐにアミルさんを突き飛ばした男を捕獲させました」
ケントがそう言うと彼の後ろに控えていた従者が一歩前に進み出た。彼の手には後ろ手に縛られた男性が1人捕えられている。
ていうか、ケントも見てたの?それなのに目撃者証人として登場するのが今なの?やだ普通におなかが黒い。
「特に尋問はしてません。実行犯を目撃したから捕らえただけで、それ以上はでしゃばりすぎかと思いまして。主犯が判明したみたいなので、証拠の1つとしてお渡しします」
「それはお手を煩わせたな。申し訳ない」
「いえいえ、むしろこちらが勝手をしましてすみませんでした」
ケントの従者が捕らえたという男性の姿を見て、もう誤魔化せないと諦めたのかジュディがすごい剣幕で私を指差した。
「この女がいけないのですわ!エリク殿下は将来国を統べる素晴らしいお方!なのにこの女は婚約者でもないくせにエリク殿下に馴れ馴れしく・・・!」
・・・・・はいぃ?
えーとえーとえーとえーと、捲し立てるジュディの話を要約するに、私のようなお粗末な者がエリク殿下にあの手この手で媚びて将来の王妃の座を狙っているのが気に食わなかったと、そういうことかな?
「俺のためにしてくれたと、そういうことか?」
周囲が動揺してひそひそざわざわとしている中、静かな怒りの籠ったエリクの声が響く。途端にあたりは水を打ったように静かになった。
「俺に忠誠を誓ってくれていることに感謝すべきなのかもしれないが、俺はこのように他人を害すような忠誠を認めるわけにはいかない。ジュディ嬢には自らの行いを償ってもらう」
淡々と言葉を並べるエリクだが、その表情は怒りも悲しみもすべて押さえ込んで作り上げた『無』の表情だった。
「きちんとした処罰はまた後に下す。・・・こういったことをこちらから促すものではないと思うが、まずはアミル嬢とシトラスに謝罪を」
エリクの言葉にジュディは渋々こちらに向き直り、口を開こうとした。
「謝らないでください。許す気はないので」
皆の視線が私に集まる。私はかまうことなく続けた。
「あなたのその間違った忠誠心のせいでアミルさんは危うく命を落とすかもしれなかった、大怪我をしていたかもしれなかったんです。謝って許されるなんて、思わないでほしい。これからあなたにどんな処罰があるかはわかりませんが、生きている限りその罪を忘れずに、二度とこんな愚かなことはしないでください」
そこまで言い切って私は「失礼します」とその場を去った。本当は去るつもりなどなかったのだけれど、もう限界だった。
足早に廊下を進み、目についた階段を駆け降りて気がつけば人気のない中庭に来ていた。別に中庭を目指していたわけではない。ただがむしゃらに進んできたらふと空から差し込む光に照らされた中庭が目に入って足が止まっただけ。誘われるよう中庭へ足を踏み入れる。ちょうどいい。ここで気持ちが落ち着くまでやり過ごそうと思った瞬間後ろから声をかけられた。
「シトラス」
その声にびっくりして振り返るとフィオが立っていた。
「ーーーーーなん、で」
そう問うた瞬間目から涙がこぼれる。慌ててフィオから顔を反らしたが、そんな私の頭をフィオが自分の胸元に優しく抱き寄せた。それだけで何も言わないフィオに私の涙はあふれて止まらなかった。
腹立たしかった。ただただ腹立たしかった。独りよがりな忠誠心でアミルを危険な目に合わせたことも、自分勝手な偶像崇拝をエリクで正当化しようとしたことも、そのことでエリクが誰かに気心を許すとこんな事態を引き起こしてしまうのかと悲しい思いにさせたことも心底頭に来て感情が爆発したのだ。
いい歳して大勢の前で涙を見せるのはさすがにいただけないなとあの場を離れたが、なぜフィオは追いかけてきてくれたんだろう。
理由はわからないけど、すごくうれしい気がする。
そう思っていると私のおなかが『ぐきゅうぷ』と鳴った。
数々の醜態や奇行を晒し続けている自覚はあるのでこれぐらいのことでは恥ずかしがらないぞ。ちょっと顔が熱いけどな!!!
すると頭上からフッと小さく笑うような声が聞こえて反射的に顔を上げた。
「がんばったから、腹が減ったよな」
そう言ったフィオの唇には微かな笑みが浮かんでいる。ただそれだけなのに、ひどく鼓動が跳ねた。
フィオと出会って9年、ほぼ毎日顔を合わせて話をしているけれど、こんな表情は初めて見る。その事実が私の胸をぎゅうっと締めつけた。
「今夜はローストビーフだと料理長が言ってたぞ」
「なにそれ大好物すぎる」
私の胸が大騒ぎなのを知る由もないフィオはもうすっかりいつも通りの表情で、それがなんだか少し名残惜しかったけど、ローストビーフの単語にすぐさま気持ちが切り替わった。
美味しいものは本当に偉大である。




