冬はやっぱりこれでしょう!
長いのが続いてますが、今回も長めです。
そして猛暑の季節に読むには季節外れも良いとこな内容です笑
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色々話はしたが、実現できるかどうかわからない・・・なんて思っていたけれど、後日ライセから『母とともに父を訪ねる日が決まった。シトラスの都合はどうか』という手紙が届いた。『せっかくだから冬の聖夜の日にでも・・・』と私は考えていたが、『その日はシトラスが家族と過ごすべき』とライセが配慮してくれたため、冬の聖夜の日前日となった。
うまくいくように祈りつつ、がんばるしかない。まぁ、がんばるのはライセだから、私はサポートしかできないんだけど、それでもできる限りのことはしよう。
人間、どんなに忙しくしていても食事は取るだろう。それならライセ達が王城へ来て、食事の時間をともにすれば良いのだというのが今回の作戦だ。もちろんヒューゴ様に事前にお伺いを立てて却下されれば実行に移せないが、ヒューゴ様はこちらの申し出を受けてくださった。この時点で概ね作戦は成功だろうと思うのだけど、ライセは不安そうにしているので最後まで気を抜かず隅々までこだわって大成功を収めなければ。
約束の日、私はお父様に再び王城へ連れてきてもらった。もちろん事情は説明済みだ。お父様はヒューゴ様と旧知の仲らしく、快く協力してくれた。
王城へ着いた私は厨房へと向かった。今回ライセ達の食事は私が用意するため、エリクの口添えの下、王城の厨房を少しだけ使わせてもらうことになっているのだ。ちなみにお父様は別室で待機です。
わかっていたことだけど、王城の厨房はうちの厨房より格段広い。料理人の人数も桁違いだ。
邪魔にならないよう隅で調理する。忙しく調理している料理人達も、できあがった料理を次々と迎えにやってくる給仕係達も、ちらちらと私に興味深そうな視線を向けてくる。
そりゃそうよね。九歳児、しかも公爵家令嬢が、わざわざ王城の厨房を借りて見たこともない料理を作っているとか、『なんでやねん』よね。
注目を浴びて緊張しつつも、宰相とそのご家族にお出しするものだからと丁寧に調理を進める。鍋に出汁をとって調味料で味を調え、野菜や肉を食べやすい大きさに切って・・・。
料理を完成させた私は給仕係に手伝ってもらってライセ達の待つ宰相執務室へ急いだ。執務室の前に着くと、扉の前には緊張した面持ちでライセが立っていた。
「あら?ライセ様お一人ですか?」
「あ、シトラス。母は先に執務室へ入って中で父と待ってる」
「え、すみません、お待たせしてしまって・・・」
「さっき来たところだから大丈夫。それより、食事の準備ありがとう」
「とんでもないです。私料理するの好きですから」
「・・・ほんと、令嬢らしくないよね」
「自覚しておりますので痛くも痒くもございませんわ。それより今日の料理は熱々が命です。冷めてしまう前にお出ししないと」
私の返答に呆れたようなため息をついてライセは執務室の扉をノックした。先ほどのやり取りで緊張が幾分が解けたような顔をしている。
入室を許可する声が聞こえたのでライセと給仕係と一緒に執務室へ足を踏み入れた。そこには一組の男女が立っている。二人は私を視界に捉えると向き直って挨拶をしてくれた。
「お初にお目にかかります。ライセの父、ヒューゴ・スピネルです。こちらは妻のティファ。本日は私達のために食事を用意してくださったと聞いています。心より感謝申し上げます」
「ティファ・スピネルと申します。いつも息子がお世話になっております。ありがとうございます」
なにこの美しすぎる夫婦。落ち着いた深い茶色の髪と心奪われる夕焼けのような紅色の瞳を持つヒューゴ様は凛々しく知的な印象を与える美形で、遺伝子の力を証明するようにライセとはまるで瓜二つ。上品な艶消しの銀縁眼鏡がこれでもかというほど似合っている。ティファ様は見るだけでうっとりさせられるほどさらさらとした亜麻色の髪と月明かりに照らされた海のような碧色の瞳で、完璧なビスクドールのように美しいのに微笑むと可愛らしい印象が加わる。ライセとよく似た感じでアンニュイな印象の目元と艶々の唇の色気がすごい。目が合うだけでドキドキしちゃう。ヤバい、うっかりいけない扉を開けてしまいそうだ。
二人のあまりの見目麗しさに見惚れていると横からライセの視線を感じて慌てて令嬢の挨拶をした。
「お初にお目にかかります。シトラス・ルベライトと申します。こちらこそ、ライセ様にはいつもお世話になっております。このたびは私が以前より学んでおりますヒスイ国の料理をスピネル侯爵家の皆様に楽しんでいただければと思い、恐れながらご用意致しました。お口に合えばと存じます」
私は挨拶を終えると持ってきた料理をワゴンの上から執務室にあらかじめ頼んで置いてもらった丸テーブルへと運んだ。私の手にある料理をヒューゴ様もティファ様もライセも興味深そうに見つめている。
「これは・・・」
「うさぎ・・・・・?」
「こちらはヒスイ国料理『みぞれ鍋』です」
水炊き、すき焼き、寄せ鍋、豆乳鍋、味噌鍋、トマト鍋・・・今の私には選択肢が山のようにあって色々悩みましたが、今日は見た目も話題の一つとして楽しめた方が良いだろうとこれにしました!
給仕係が丸テーブルの真ん中に鍋敷きを置き、私がその上に乗せた大きなパエリア用の鍋にはキャベツ、ほうれん草、にんじん、長ネギ、しめじ、豆腐、鶏もも肉がぎっしり入っている。そして彩り豊かなその上には大根おろしで作った大小様々なうさぎが三羽並んでいた。海苔がないのでうさぎの顔には小さなしめじの傘部分を利用している。
本当は卓上コンロでもあればいつまでも熱々のお鍋を楽しんでもらえたのだろうが、ないので仕方ない。厨房で直前までぐつぐつ煮立たせ、蓋をしてこぼれたり冷めたりしないように気をつけながらできる限り早く執務室へ着くよう心がけた。別途皿に作っておいた大根おろしのうさぎは崩れないよう注意しつつ運び、テーブルへ運ぶ直前に乗せたのだ。
「こちらのレードルでご自分のお皿に入れてから召し上がってください。味付けは済んでおりますのでそのままでどうぞ」
説明しながらテーブルに三人分の飲み物と取り皿、フォークやスプーン、取り分けるためのレードルを設置する。
「それではごゆっくりご賞味ください。私は一度失礼致します。また後ほど料理を追加するため参りますので」
私はそう言って執務室を出ると、待ってくれていた給仕係に案内されて近くの応接室へと入った。夕食時刻なのでもちろん私もみぞれ鍋食べますよ。でもスピネル家の食事にお邪魔するなんて野暮はできませんから、これもエリクの協力の下、応接室にてお父様と食事をできるように手配してもらったのだ。お父様は先に移動されているはず。そう思って扉を開けると、お父様の他になんとリムとエリク、ステュアートもいた。
「えぇ!?な、なぜ・・・」
「なぜって、俺も『みぞれ鍋』?とやらを食べてみたくて。なので急で申し訳ないが御相伴に預からせてくれないか?」
「厨房への口利きと、応接室の手配の礼はこれで良いというありがたいお言葉だぞ」
「いえ、そのお礼は改めてきちんとさせていただきますという話を・・・」
「そんなかしこまってもらう必要はない。これで充分だ」
「・・・・・って、エリクなら言うだろうから、僕も仲間に入れてもらおうと思って今来たところ」
びっくりしてあわあわ言う私にエリクもステュアートもリムも悪戯が成功した子供のようにイイ笑顔で言ってのけた。その後ろでお父様が困ったように笑っているけど、たぶんあれは楽しんでいるな。
ま、いっか。鍋はみんなで楽しく囲んで食べるものだから。
「わかりました。では冷めないうちにさっそく皆でいただきましょう」
応接室の丸テーブルに鍋敷きと鍋を置き、蓋を取ると湯気とともに美味しそうなみぞれ鍋が姿を現した。スピネル家用とは違って大根おろしアートは施してないけどね。エリク達が来るとわかっていたらこちらにもすればよかった。
興味津々で鍋を凝視しているエリク達をよそに私は全員分を一通り取り分けてからまずキャベツを頬張った。大根の甘みと昆布のうまみと醤油の効いた出汁に様々な食材の美味しさが混ざり合って柔らかく煮えたキャベツにしみっしみでなんて美味しいの・・・!本当は鍋野菜の定番白菜の代打をお願いしただけなんだけど代打とか言ってごめんねレベルでうまい。ぜひこれからも鍋野菜業界を白菜とともに牽引していってほしい。次にしめじ。さすがキノコ界一の美味しさを誇るしめじ。『香り松茸、味しめじ』の名は伊達じゃないよね!長ネギもキャベツに負けず劣らず味が染みまくっている上に長ネギ本来の甘みも引き出されていてとろっとろだ。あまりの美味しさにネギとともに舌もとろける。鶏もも肉も柔らかーいジューシー美味しーい!一緒についている鶏皮の脂が甘くてたまらんですな!彩りに華を添えるほうれん草もにんじんもそれぞれ特有のさりげない苦みがアクセントとなっていてこれまた良い仕事。そしてただでさえぷるぷるなのに鍋で煮込まれさらにその口当たりに磨きをかけた豆腐がもう・・・もう・・・・・ここは天国かな?
「・・・っうまい!」
「色々な食材が楽しめて良いなぁ、これ」
「スープもすべての食材の美味しさが凝縮していてすごい」
「皆でこうして同じものを分け合って食べるのも面白いな」
「自分で取り分けるのも新鮮だ」
「鶏もも肉うまー」
「ネギがこんなに甘いなんて・・・」
「この豆腐?というのもうまいな!」
「身体がすごく温まってくるね」
皆興奮冷めやらぬ様子で美味しそうに食べてくれている。さすが男子、食べる勢い半端ない。私も負けてられるか!お父様も!相手が殿下だからって遠慮しないで!
それにしても、やっぱり美味しい食事は楽しい雰囲気のサポートアイテムとしてはかなり優秀だなと改めて実感する。さすがだ。
ライセ達も楽しく話せていると良いなと思いつつ、私は鍋争奪戦に加わった。
具材をすっかり食べ終え、鍋の中には出汁だけが残っている。
「すごく美味しかった。ありがとうシトラス」
エリクがそう礼を述べてくれたが、私はそこでにやりと笑ってみせた。
「殿下、これで終わりではありませんよ」
「え?」
「この残った出汁を使ってもう一品お作りする『鍋の〆』、これ食べずして鍋を食べたとは言えません!」
「何だって?」
「それでは私は再び厨房にて調理してまいりますからしばしお待ちを!」
給仕係に手伝ってもらって具材を食べ終えたスピネル家の鍋も回収して厨房へ向かう。最初よりはいくらかライセ達の空気が解れていたように思うけど、まだちょっと硬い?ライセ、ちゃんと話せたかな?大丈夫かしら?
やっぱり鍋の神髄は〆ですよね。雑炊、うどんにパスタ、ラーメン・・・どれも最高なのでまたも悩みどころだったけど、ここは王道の雑炊に決めた。
残った出汁を温め直し、そこへ炊いた後粘り気を取るため水で洗ったごはんを入れて軽く混ぜ、その上に溶き卵を回しかける。蓋をして少し蒸らした後、刻んだ青ネギを散らしてできあがり。っはぁー!美味しそうたまらぬ。
雑炊の入った鍋をヒューゴ様の執務室へ運び、続いてエリク達の待つ応接室へ運び入れる。
目の前で蓋を開けると、先ほどとは打って変わってシンプルな見た目に一瞬きょとんとしたエリク達だったが、器に取り分けて一口食べた瞬間全員目を見開いた。
「残ったスープを使ってリゾットとは・・・」
「美味しさの詰まったスープを吸った米が・・・うまい・・・・・!」
「卵がふわふわとろとろでさらに美味しい・・・・・!」
「なんてことだ。普段からかなり書物を読んで語彙力を鍛えていたはずなのにこのうまさを言い表しきることができない・・・どうした俺の脳内辞書・・・・・!」
「エリク・・・僕も自分の表現力の限界を感じざるを得ないよ・・・」
え、みんなどうしたの?大丈夫?美味しいものは素直に『美味しい』だけで良いのよ。そんなグルメ漫画顔負けの食レポなんて強要してないから安心してお食べ!!
雑炊もすっかり食べ終え、エリクとステュアートが部屋を出た後、お父様とリムとともに帰り支度をしているとライセが部屋に入ってきた。
「シトラス、今日はありがとう。みぞれ鍋、美味しかった」
「喜んでいただけたならよかったです」
家族で思うように話せたかどうか正直気になるところではあったが、ここで根掘り葉掘り聞くのは野次馬のようではしたない。ライセの表情がとても穏やかなものになっているのであれば、きっと彼にとって満足のいく展開になったのだろうから、もうそれで良しとしよう。そう思って小さく手を振って見送ってくれるライセに笑顔で手を振り返した。
またやってしまった。
私は今、帰りの馬車の中で反省している。
前世の時からそうだったけど、私、お鍋好きでついつい食べすぎちゃうんです・・・。ただでさえ今世のドレスは前世の服と違ってキツイのに。
前世から同じ失敗を繰り返しているって進歩なさすぎでしょ私・・・。




