これぞ和食です
転生者同盟締結の日から約一年後、私は今、感動の再会に打ち震えている。会いたかった。本当に会いたかった。白いごはんの横に並ぶ、お味噌汁に肉じゃが。そうです、手塩にかけて作り育てた味噌と醤油を実食する瞬間がやってきました。
ここに来るまでのことを思うと色々感無量でじんわり目に涙が浮かぶ。
まず試しに種麹作りに挑戦したところ見事に撃沈。どうしたものかと思っていたらちょうど米屋の店主が米を仕入れにヒスイ国へ行くと聞きつけ、『無理なく可能なら種麹を買ってきてもらえないか』と依頼したところ無事種麹を届けてくれたのでなんとか味噌と醤油作りを開始できたのだ。
大量の大豆を洗って、大豆の三倍の水に浸しておく。だいたい十八時間以上浸したら、ひたすら茹でる。ちなみに味噌と醤油では茹でる時間が異なるのでこの時点で鍋を分けておく。
まずは味噌。
茹でた大豆を潰す作業が大変で、フィオとジル料理長だけじゃなくベルや他の料理人にも手伝ってもらった。フードプロセッサーがあれば・・・!と思ったが、量が量なのでフードプロセッサーでも大変だっただろうな。もう本当にスーパー行けばいつでも味噌や醤油を買えてた前世のなんと幸せなことか。
潰した大豆に種麹と塩を入れて混ぜる。それを木の桶に空気を抜きながらぎゅうぎゅうに詰めて落とし布と中蓋を乗せて上に重石を置く。後は冷暗所で約十ヶ月保存したら味噌ができる。
次は醤油だ。
大豆が茹で上がる頃合いを見て、事前に小麦粉を煎って種麹と丹念に混ぜておく。
形がなくなるまで柔らかく茹でた大豆をザルにあげて余分な水分を落としつつ四十度くらいの温かさになるまで冷まし、そこへ種麹と併せた小麦粉を混ぜ合わせる。
大豆と麹を混ぜ合わせたら山形に盛ってさらし布で包み、箱に入れて内部の温度を三十二度に保ったまま六時間加湿する。仕込んでから二十時間ほど経ったら一度大豆と麹を混ぜたものをほぐして手入れする。放熱のため厚みを薄くして表面積を広げた状態で今度は二十八度を維持しつつ十時間。再び手入れして次は二十六度で十五時間。
た・・・大変。心折れそうだがこの苦労の先に出会える醤油を思って気持ちを奮い立たせる。
よし、ここまでなんとか順調にできた。次に容器を用意し、中に分量の水と塩、できた大豆と麹を併せたものを入れて攪拌する。五日に一度攪拌しつつ冷暗所に置いて三週間、その後は少し暖かい場所に置き換えて発酵スタート。最初の一週間は毎日、その後の二、三ヶ月は三日に一度、それ以降は一週間に一度攪拌しては容器から空気を抜いて閉じるという作業を繰り返しながら保管すること一年。できたものをさらし布で搾る。出てきた液体に一度火を入れて殺菌すると醤油の完成だ。
な、長かった・・・!こんな苦労するものを日本人は「とりあえず醤油使っときゃ食べられる味になる」と何にでも気軽に大量消費していたというのか。ジーザス・・・・・!
しかし、この苦労もすべては美味しく食べるため。前世と違って使うたびに某有名パンヒーローのように自身の身を切り崩しているような気分になったが、使わず腐らせる方がもっとありえないので大事に調理する。
そうしてできたのが冒頭のお味噌汁と肉じゃがというわけです。
味噌汁は煮干しと昆布でとった出汁に豆腐とネギ、肉じゃがは薄切りの牛肉とじゃがいも、にんじん、たまねぎ、さやいんげん。一汁三菜にはちょっと品数足りないけど、これよこれ!これぞ和食!あいかわらずお箸ないからフォークにスプーンだけど。
恐る恐るじゃがいもを口に入れる。ほくり、ほろほろと口の中で崩れた瞬間砂糖と醤油の甘辛いハーモニーが舌を刺激する。んんー!ちゃんと肉じゃがだぁ。次に食べたたまねぎも砂糖と醤油で味付けられたお肉のうまみが染み染みでとろとろ。柔らかいにんじん、豆らしさが良いさやいんげん、噛めば味がじゅわぁっと広がるお肉、そこへごはんを頬張るとこれまたたまらない。口に入れたものを飲み込んだ後、お味噌汁を飲む。味噌ー味噌だよ味噌ー!煮干しと昆布の出汁に絡まる味噌は塩気と甘さが絶妙で尊いのに優しい味で懐かしくてほっこりする。これが幸せじゃなければ何と呼ぶのか私は知らないよー!
「うまい!」
「食べたことない味ですが、美味しいですね!」
「醤油の味だけじゃなくてそれぞれのうまみが混ざり合って染みてる。ごはんと併せて食べるとさらにうまいな」
「味噌汁も深い味わいですね。初めての味なのになんとなく懐かしくなるような感じがします」
フィオとジル料理長も美味しそうに食べてくれている。これまでの苦労が思い出されてまたちょっと涙が出た。
「メインとスープを同時に用意するってことは、これはヒスイ国の一般的な朝食ということか?そのわりにはボリュームがあるな」
「朝食かどうか限らずメインやサイド、スープは同時に出るものなの。家庭にもよると思うけど、肉じゃがは夕食じゃないかな。お味噌汁は朝昼晩と飲む時間は選ばないよ」
「へぇ、そうなのか」
フィオが再度物珍しそうにお味噌汁を見る。まず始めに前菜、前菜を食べ終えたら次はスープ、みたいな食事方法が主流な世界からすると最初から全部一気に並べられるなんて新鮮なんだろうな。まぁ和食でも懐石料理とかはコースみたいにして出てくるからヒスイ国の王族はそういうスタイルかもしれないけど。
「いやーそれにしても醤油も味噌も手作りがこんなに大変だとは思わなかったけど、これだけ美味しいなら苦労も報われるよー」
「たしかに作るの大変そうだったな」
「楽しかったけどね。でももっと気軽に味噌や醤油を使えるようにしたいから、やっぱり既製品も買いたいな。あー早くヒスイ国に行ける歳になりたい。それまではがんばって手作りするしかないかな。だけど毎回あんなに手伝ってもらうのは申し訳なさすぎるから、次回からは一人でも作れるよう量を調整して・・・」
「?今度は種麹じゃなくて既製品を米屋の店主に買ってきてもらえば良いんじゃないのか?」
「・・・・・・・え?」
「味噌と醤油を頼むんじゃなくてわざわざ種麹を頼むから自分で作りたいのかと思ってたけど、既製品がほしいなら次は種麹じゃなくて既製品お願いすれば良いだろ」
フィオの発言を聞いた私の言葉にならない叫びが屋敷中に響いた。




