転生者同盟を結びましょう
秋の収穫祭の日から十日ほど経った頃、再びクロエからお茶の誘いを受けた。この前はルベライト家だったので、今回はガーネット家でどうかとのこと。断る理由がないので『お伺い致します』と返事を送る。
前回同様お茶の時間を共にしたい理由は書かれていなかったし、クロエが前世の記憶を思い出しているのかどうかも定かじゃないからちょっと緊張するな。
約束の日当日、手土産としておからクッキーを持って私はガーネット家を訪れた。今度はハートや花、星の形をした可愛いクッキーだからクロエの眉間に皺も寄らないはずだ。
ルベライト家と同じく三大公爵家に数えられるガーネット家の屋敷はその名を示すような紅色の屋根が印象的な豪邸で、内装は華美だがあくまで上品な範囲だ。
案内された客間で待っているとクロエがやってきた。あいかわらずの美麗さだし、挨拶も全令嬢が見本にしたがりそうなほど完璧だが、なんとなく雰囲気がおとなしい気がする。
本日はお招き云々の挨拶を終えた後、向かい合うようにソファへ腰かけた。侍女にお茶の用意をさせるとクロエは私に断りを入れてから人払いする。何か大事な話でもされるのかと私は年甲斐もなくそわそわした。
「あの、その・・・先日の一件は、大丈夫でしたか?」
クロエが躊躇いがちにそう尋ねてきた。はっきりと明言はしていないが秋の収穫祭の日の件だろう。
「ご心配ありがとうございます。本当にすぐ助けてもらえましたので、傷一つなく大丈夫です」
「そうですか・・・それは本当によかったですわ」
本当に心配してくれていたのだろうとわかる表情だ。
「先日大変な思いをされたばかりなのにお呼び立てしてしまって申し訳ありません。シトラス様にお聞きしたいことがあって・・・えっと、シトラス様はどうしてヒスイ国の食文化にご興味を?」
「え?えーと、お父様がお土産にいただいたヒスイ国の御伽噺を読んだ時、ダイアモンド国の食文化との違いに驚きまして・・・美味しそうで食べてみたいと思ったのですわ」
「そう・・・なんですね」
どうやら私の答えは彼女の望んだものと違ったらしい。『背中痒いからかいて』とお願いしてかいてもらったら微妙にそこじゃない!みたいな顔をしている。え、嘘偽りなく答えたのに理不尽。
クロエは意を決したように背筋を伸ばし、少しだけ前のめりになる感じで口を開いた。
「あ、あの、つかぬ事をお尋ねしますが、シトラス様は、前世など信じますか?」
クロエの問いに私は確信した。やっぱりクロエ、前世思い出してるんだわ。
あ、もしかしてさっきの質問はヒスイ国の食べ物、所謂和食に興味があるのは日本人としての前世の記憶があるからだという推測の元に確証を得たかった系?だとしたら私の答えはお門違いも良いところよね、ごめんなさい。
でも、どうしよう・・・これは今後ストーリー展開にどう影響するんだろう?転生者同士ってことで仲良くしても大丈夫なのかな?それとも仲良くしちゃうとリムルートが始まって私破滅しちゃう?でもリムルートで私が破滅するのはアミルやクロエに醜い嫌がらせをするからだから、そんなこと一切せず仲良くなれたら問題ないかしら?
答えを考えているとクロエが不安そうにこちらを見ていることに気がついた。
そうか。私は転生者でクロエが前世の記憶を思い出すことも知っているけれど、クロエは私が転生者だって知らないもんね。もし私が転生者でなければクロエから前世の話を聞いても「クロエ様一体何を仰っているんですか?」となっていただろう。それなら私から転生者であることを先に明かす方が良いな。
私は何でもないことのようにさらりと答えた。
「信じてますよ。何より私がそうですから」
「や、やっぱりそうなのですね!実は私もなんです!」
私の返事にクロエは興奮気味にそう言った。その表情には安堵の色が見える。
厳密に言えばクロエと私では同じ転生者でも微妙に違いがあるんだけど、気にしだしたらややこしいのでこの際気にしないことにしよう。
「まぁ、クロエ様もなんですね!一年半ほど前に思い出した時、心はアラサーなのに身体は七歳でびっくりでしたわ」
「そうですよね。私は先日シトラス様のところで思い出して・・・あ、ちなみに私もアラサーですわ」
「あら、奇遇ですわね。・・・・・それならもういっそお互い敬語止めません?前世の記憶がある者同士、気楽に話しましょう」
「そうですわね!・・・と言ってもなかなか敬語取れませんね」
「じゃあ今から止めましょう。せーの、はい!敬語終わり!よろしくねクロエ」
「うん、よろしくシトラス」
クロエが嬉しそうに微笑う。悪役でも令嬢でもない素の笑顔、可愛すぎてやばみ。破壊力すごみ。
「追加で聞きたいんだけど、シトラスはこの世界が乙女ゲーム『ラブ・ジュエリー~この恋は永遠に輝く~』であることは知ってる?」
「知ってるわ」
正確にはそのゲームを舞台とした小説『悪役令嬢に転生したけれど、わたしはげんきです』の世界だけどね。
「そっか。じゃあ私が主人公をいじめて破滅する悪役令嬢だってこともわかってるのね」
「うん、まぁ、そうね」
「じゃあ話が早くて助かるわ。私破滅なんてしたくないんだけど、どうすれば良いと思う?私としては破滅フラグが立たないようにエリクと婚約者になりたくない・・・でも王族からの婚約申込は断れないわよねぇ」
「申し込まれたら、難しいよね。申し込まれないように『エリク殿下にはふさわしくない女性』らしく振る舞うのはアリかもしれないけど、下手にクロエの評価を下げると今度は普通の婚約ができなくなりそうだから私としてはオススメしたくない」
「そうね。誰もが羨む結婚とまでは高望みしないけど、普通に平穏に暮らしていきたいから」
「じゃあやっぱり一番良いのはエリクと婚約してもアミルをいじめたりしないことじゃない?」
もともと小説はそういうストーリーだし。小説ファンの私としては、私の破滅にならない程度に小説通りの展開希望。
「いじめるつもりはさらさらないけど、ゲーム補正が心配どころよね」
「たしかに・・・」
「・・・ねぇシトラス、貴女もリムルートの悪役令嬢で破滅する可能性あったわよね?」
「うん、あるある。破滅したくないから主人公にはできる限り近づかないでおこうと思ってるし、リムとも良い兄妹関係を保っていくつもり」
「それなら、お互い破滅しないように色々協力していかない?私の覚えているゲームの知識とシトラスの覚えているゲームの知識を駆使して二人とも破滅せず平穏な人生を送れるよう一緒に戦いましょうよ」
クロエの提案に私は一秒で考える。
破滅フラグ持ちの悪役令嬢同士積極的に関わって大丈夫かしら?これでクロエがリムに会う機会が増えたら私ピンチじゃない?でも色々相談できたり考えたりできるのはかなり心強い。三人寄れば文殊の知恵と言うし。我ら二人しかいないけど。何より転生者同士で気兼ねなく付き合っていける友達って貴重だよね。リムのことは事前に話してあんまり関わらないでいてもらえるようにお願いしたらいっか。よし、決定!
「ぜひ!」
私はそう言って右手を差し出した。
「がんばろうね!」
クロエも右手を差し出し、私達はしっかりと握手を交わした。
ここに転生者同盟が締結した瞬間である。




