眠れぬ夜には生姜湯です
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家に帰ると今日の出来事を聞いたお母様からも苦しいくらい抱擁を受けた。私は残念モブ悪役令嬢だけど、こうして大事に想ってくれる家族がいると絶対破滅を回避してお父様達を心配させないようにしたいと強く思う。
今夜はゆっくり休むため早く就寝するよう勧められたけど、逆になんだか目が冴えてしまってなかなか寝付けなかった。カーテンを開けて月明かりで照らされた部屋の中でどうしたものかと考えているとベルが何か温かい飲み物を持ってこようかと聞いてくれたので生姜湯をお願いすることにした。令嬢ならホットミルクとかカモミールティーとかお願いするべきなのかもしれないけど、私は前世からこれなんです。
部屋の明かりをつけないまま窓辺の椅子に座ってベルの帰りを待っていると部屋の扉をノックする音が聞こえた。「どうぞ」と入室を促すとベルが扉を開けたが、その手には何も持っていない。不思議に思って椅子から降り、扉の近くへ向かうとベルの横に生姜湯の入ったカップを持つフィオが立っていた。その後ろにはジル料理長の姿もある。
「フィオ!?」
「今日のこと、聞いた」
フィオが言った言葉はたったそれだけだった。たったそれだけだったけれど、どれだけフィオが心配していて、怒っていて、安堵しているのかが痛いくらい伝わってきて、私はそこで初めて涙がこぼれた。
「心配・・・かけて、ごめんなさい・・・」
「・・・いや、無事に帰ってきてくれてよかった」
その声が少し擦れていて、ひどく優しかったから私はよけいに泣けてきてしまって、しばらく私は立ち尽くしたまま涙を流した。そんな私が落ち着くのをフィオもベルもジル料理長も黙って見守っていてくれた。
なんとか泣き止んだところで私とフィオは部屋の窓辺へ移動した。窓からたっぷりと差し込む月の光を身に受けながら私は先ほどまでの椅子に腰かけ、フィオは少し離れた位置で立っている。ベルとジル料理長は閉められた扉の辺りに控えてくれていた。本当は夜に異性の使用人を部屋へ招き入れているなんて褒められたことじゃないのはわかっているけど、今日市場であった出来事や私が泣いてしまったことから眠るまで誰かが傍にいた方が良いだろうと思われたのか、フィオもベルもジル料理長も部屋に残ってくれたのだ。
私はフィオから手渡されたカップに入っている生姜湯に口をつけた。少し冷めていたものの、むしろ飲みやすい温かさでありがたい。生姜の効果で身体がぽかぽかとしてくる。
ちらりと横を見やると、フィオはただただ黙って窓の外を見ていた。どれだけ心配したかを滔々と語られたり、もっと気をつけるように説教をされたりするのかと思ったが、本当に彼は何も言ってこない。それが逆に申し訳なく感じて、私はふいに口を開いた。
「さっきは突然泣いちゃってごめんなさい。お父様に抱きしめられた時もお母様に抱きしめられた時も泣かなかったし、自分でも意外に平気だったのかな、私って神経図太いなって思ってたんだけど」
やっぱり怖かったのね、私。自分で自分の気持ちに気づけないとかアラサーなのに情けない。
「でも市場のお祭りはすっごく楽しくて良い思い出で上書きしてきたからもう大丈夫」
私の言葉にフィオは一瞬小さく目を見開いて、それから 「シトラスは、強いな」と言った。
「そうかな。まぁ繊細では、ないかも?令嬢として間違っている気がするけど」
「そんなことないだろ。すごいと思う」
素直に褒められて、なんだか柄にもなく照れてしまう。
「フィオは私に甘いわ。お父様もお母様もお義兄様も甘すぎるし・・・甘やかされすぎるとダメになってしまう」
「そう思えるのなら逆に大丈夫じゃないか?」
「どうかしら?人はすぐ楽さや贅沢に慣れてあたりまえになってしまうから、気づく頃には取り返しのつかないワガママダメ人間な私ができあがってるかもしれないわ」
「大事にされてるのは良いことだろ」
「そう、ね。ありがたい・・・けど、私ばっかり大事にしてもらってて、私からは何も返せてないから申し訳ない感じがする」
前世の記憶を思い出す前みたいに愛情の上に胡坐をかいてワガママ放題はしていないけど、私から相手に何一つお返しできていないこの状況はワガママ放題と同じくらいいかがなものかと思う。大人として不甲斐ないというか・・・いや、私まだ八歳だけど。気持ちはアラサーだからさ。
「大事にされていることに自惚れたり驕ったりせず自分を大切にしていれば良い。そして相手のことも自分と同じくらい大切にすれば、それが自分を大事に想ってくれている人への感謝の伝え方なんじゃないか」
すごく良いこと言うなぁ。
薄っすら青みがかった白い月明かりに照らされているフィオの横顔を見ながら思う。
どうしてこうも大人びているんだろう?幼い頃から料理人見習いとして働いているにしてもなんだか早熟な気がする。もしかして転生者?
「フィオ、乙女ゲームやったことある?」
「おとめげーむ?今日の祭りでやってたのか?」
あ、違った。
慌てて軌道修正する。
「え、あ、間違えた、こ、小麦粉ゲームよ。やったことある?」
「あぁ、コインを乗せた小麦粉の山を崩すゲームか?やったことないな。・・・そういえば、祭り、楽しかったんだろ?よかったな」
「そうなの!フィオも一緒だったらよかったのに。すごい手品を見たのよ。美味しいクリームパンも食べたし・・・」
祭りの楽しかったことを思い出して話す私が眠くなってうつらうつらしてくるまでフィオは付き合ってくれた。
空になったカップをフィオに渡してベルに付き添われながらのろのろとベッドへ向かう。途中「大豆がたくさん届くからまた厨房を使いたい」とむにゃむにゃしながら伝えるとフィオは「わかった」と返してくれた。フィオの返事に満足した私はベッドで横になるとそのまま眠りに落ちた。




