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悪役令嬢は和食をご所望です  作者: 朝日奈 侑
30/47

ありがたくもない再会です

今回は前回よりさらに長いです。分けようかとも思いましたが切りどころわからなくて笑


読んでくださっている方、ブックマークしてくださっている方、評価してくださっている方、感想までくださった方、本当にありがとうございます!

『こんな感じに好き勝手書いてて大丈夫かな・・・?』とちょっと不安だったので嬉しいです!!

がんばりますのでどうぞよろしくお願い致します!

 私を抱えて走る人物はこの街に土地勘があるらしく、追いかけてこようとするお父様達を人通りの少ない道の角をいくつも曲がって撒いてしまった。あまり市場に来たことのない私は持ち前の方向音痴もあって今どこを走っているのか皆目見当もつかない。

 そうこうしているうちにその人物は周囲に誰もいないことを確認した上である家に入った。一瞬口を押えていた手が離れたが、それも束の間のことですぐに猿轡(さるぐつわ)をされ、両手を後ろで縛られる。

 わけがわからなかったが、ふと前を見るとそこには懐かしいがまったく会いたくない人物が立っていた。


 「ご機嫌麗しゅう、シトラス嬢。お元気でしたかな?」


 トマトを踏んでダメにしたくせに自分の服が汚れたとキーキー言っていたダグラス・コーネルピンだった。



 下手に抵抗するのは体力の無駄遣いになると判断しておとなしく床に座らされる私を、ダグラスは見下しながら尋ねてもいないのにベラベラと事の詳細を話しだした。

 どうやら彼はあの一件がザック・アンバー侯爵の耳に入り、「よくもまぁそんな恥ずかしいことができたものだ」と執事職を解雇されたらしい。侯爵に見限られたことを恥としたコーネルピン家からも勘当されて今は平民としてこの家に住んでいるそうだ。一見厳しすぎる処分に思えるが、外聞を何より大事にする貴族からするとなくもない話である。

 ダグラスは『こうなったのも全部あの小生意気なシトラスのせいだ』と日々鬱憤を溜めていたところ、本日たまたま私を見かけて復讐を決めたらしい。早々にその辺のチンピラに声をかけ、『シトラスを誘拐して身代金を要求しよう。身代金はきちんと等分する』という取引をしたとのことだった。ダグラスとしては身代金が手に入ることよりも、攫ってきた私の顔に傷の一つでも残して一生結婚できなくさせるか、結婚できたとしてもまともな相手では無理なようにさせたいようだ。

 要するに、逆恨みである。小さい男だ。猿轡さえされてなければ遠慮なく言っていただろう。「あんた、そういうとこよ」と。


 「まぁ、私も無慈悲な男じゃない。君が誠心誠意謝罪してくれれば、顔に傷などつけず公爵家にお返ししよう」


 ネチネチしたしゃべり方と歪んだ笑顔に思わず鳥肌が立った。しかもこれ謝っても絶対結果が変わらないやつだと本能で悟る。

 よほど私の謝罪を聞きたかったのか、頷いてもいないのにダグラスが私の猿轡を解く。せっかくの機会なので私は大きく息を吸って、思いっきり叫んだ。


 「あんたみたいにしょ―――もない逆恨みする奴がいるから報復が怖くて正当な主張をできず泣き寝入りする人がいるんでしょうが!愚か(バカ)は嫌いよ!」

 「・・・!このっ」


 その時だった。いきなり窓ガラスが大きな音を立てて木っ端微塵に割れる。唖然として見るとガラスのなくなった窓から入ってくるステュアートがいた。


 「シトラス!大丈夫か!?」


 ステュアートの背後に衛兵の姿が見えた途端チンピラ達が逃げ出そうとしたが、玄関を斧で破壊して入ってきた衛兵達に捕らえられた。

 ダグラスはせめて一矢報いたいとばかりにナイフを取り出し、私の襟首を掴んだ。思わず目を瞑ったが、想像していたような痛みも衝撃もなく、何かが倒れるような大きな音がしただけだった。恐る恐る目を開けると、目の前にはステュアートが立っている。彼の目線の先には悲痛な面持ちで脇腹を押さえて倒れているダグラスがいた。どうやらステュアートが飛び蹴りか何かしたようだ。

 衛兵が倒れたダグラスを確保している間ステュアートが私の縄を解いて、立たせてくれた。


 「怪我はないか?」

 「だ、大丈夫です。ステュアート様こそ怪我を・・・」


 ダグラスの持つナイフに当たってしまったのか、割れたガラスの残る窓枠を触ってしまったのかはわからないが、ステュアートの手には血の滲む切り傷がある。たいしたことではないと言ってのけ、彼は私にどうしてこんなに早く助けに来られたのかを説明してくれた。

 私が連れ去られた時、お父様に声をかけていた仮面の男が反対方向へ走り出した。瞬時に気づいたライセがすぐ傍の屋台で売られていたパンプキンパイを掴んで男の後頭部めがけて投げつけ、男が一瞬怯んだところをステュアートが後ろから体当たりして男を倒した。転んだ男がそれでもなんとか逃げようと起き上がりかけた時リムが男の仮面を剥ぎ取り、エリクが隠し持っていたナイフを男の首に突き付けたことで男は降参したらしい。ダグラスと手を組んだこと、アジトであるダグラスの家の場所をあっさり吐いたので、事件は間抜けなくらいあっけなく解決したというわけだ。


 「シトラス大丈夫かい?どこか怪我などは?怖かったね」


 慌てて部屋へ入ってきたお父様が床に膝をついて痛いくらいに私を抱きしめた。お父様の肩越しに心配そうな顔で見つめてくるリムやエリク、ライセも見える。


 「大丈夫ですわ。心配かけてごめんなさい」


 私は努めて明るい声で答え、お父様の背中に手を回す。たしかにいきなり攫われて怖かったが、黒幕がダグラスであるとわかった時から「なんだ、こいつかよ」と少し脱力した。まったく得体の知れない相手だったらもっと恐怖を感じただろうが、ダグラスのしょうもない逆恨みだとわかったので恐怖より呆れや苛立ちの方が勝っていたのかもしれない。不幸中の幸いというのはこういうことだろうか。いや違うかな。


 お父様は「今日はもう帰ってゆっくり休もう」と言ったが、私は首を横に振った。


 「ワガママだと思いますが、今日はもう少しお祭りを楽しんで帰りたいです」

 「どうしてだい?怖い思いをしただろう?」

 「たしかに怖い思いをしましたが、逆恨みとは言え自分で蒔いた種のようなものです。それに、このまま家に帰ってしまったら、私は市場に対して怖い思い出を持ったままになってしまいます。だから、楽しい思い出で上書きして帰りたいのですわ。お父様の領地の市場ですもの」


 私の言葉にお父様は少し目を潤ませながら笑って「そうか、わかった」と了承してくれた。


 市場へと戻った私は両手をお父様とリムに繋がれながら祭りを楽しんだ。少し照れくさいけど守られている感じがして嬉しい。

 お父様がケーキ屋で大量にお菓子を購入し、街の子供達に配るよう店主に話しているのを待っている間、エリクとステュアートが私に頭を下げた。


 「シトラス、すまない。俺が市場へ誘わなければ、怖い思いをさせることなどなかったのに」

 「いや、エリクは悪くない。俺が、俺が守るべきだったのに・・・情けねぇ」

 「お二人とも、頭を上げてください!エリクでん・・・様のせいでもステュアート様のせいでもありませんから!」


 なんとか頭を上げてくれた二人だったが、どうにも納得したような顔ではなかった。特にステュアートは自分の不甲斐なさに歯がゆそうな表情をしている。

 そんな二人を見て、私は言葉を重ねた。


 「エリク様、仰っていたじゃないですか。自分の目で、耳で、肌で感じて、自分の頭で考えてこの国を守っていきたい。だから色々なところへ足を運ぶのだと。私はそのお言葉に甚く感動致しました。その場にお誘いいただけて光栄でありこそすれ、謝っていただくことなどございません。今回のことは先日の騒ぎを私が上手に解決し切れなかった付けが回ってきただけですから。ステュアート様も、そんな顔なさらないでください。ステュアート様はエリク様の専属護衛でしょう。きちんとそのお役目を果たしておられたではありませんか。私のことも、怪我をしてまで助けてくださいましたし、もっと胸を張るべきですわ」

 「けど、今回のことでもしどこかに傷でも作っていたらシトラスの婚姻に支障が出たかもしれないんだぞ?」


 必死の形相であるステュアートを見て私は彼の設定を思い出した。たしか彼はもっと幼い頃妹が目の前で転びそうになったのを支えきれず、膝に傷跡を残してしまった罪悪感から『守ること』への執着が強くなった。前世の感覚なら『誰でも一度は絶対転んだことあるし、それで傷跡が残っちゃうことも全然あるよ』と思ってしまうだろうが、この世界では貴族にとって令嬢の身体に残る傷は大小関わらず婚姻に影響を与えるものとなってしまうことが多い。ステュアートの家は侯爵家であるが公爵家も顔負けの権力と財力を有するし、代々王族専属護衛を担う家であるため彼の妹の婚姻が小さな傷程度で不利になるとは考えにくいが、それでも彼の心に一生鈍く痛み続ける傷を刻んだことに変わりはない。

 けれど―――――。


 「たしかにそうかもしれませんが、実際今回は大丈夫だったわけでしょう?解決した後にいつまでも悪い仮定を憂いていて一体誰が得するんです?」


 人の命は平等だ。身分の差がある世界に転生しているが、基本的にそう思っている。だから護衛対象以外は見捨てろとも、救えなかった者に罪悪感を抱くなとも言わない。けれど身を挺してまで誰かを守った彼に残るのが未然に防げなかったことや結局救えなかったことへの自責の念だけなんてあんまりではないか。


 「ステュアート様が自分を責めておられるばかりだと、守られたエリク様や私の感謝の気持ちはどこへ向かえば良いんですか?ゴミ箱ですか?」

 「ゴ・・・!?そんなことは言ってないだろ」

 「できたことばかりを数えて笠に着ろとは言いませんが、必要以上にご自身を責めることはないですわ」


 私のあまりの言い様にステュアートどころかエリク達も呆然としている。私はそこまで言い切ると、ふっと表情を和らげた。


 「助けてくださって感謝しております。本当にありがとうございました」


 そう言って深く頭を下げる。しばらくして顔を上げるとステュアートが泣きだしそうになるのをグッと堪えているように顔を歪めていた。私がさらににっこりと笑ってみせるとつられたように微笑ってくれた。ちょっとぎこちなかったけれど。



 ケーキ屋を出る頃には日が傾き始めていたので、そろそろ解散しようかという流れになった。それぞれお礼や感想、挨拶を互いに述べ合う中、ライセが私に話しかけてきた。


 「シトラスってやっぱりエリクとの婚約を狙ってるの?」


 いきなりそんなこと聞かれてびっくりしたが、言うことは言わなければと慌てて答える。


 「えぇ?まさか、ぜんっぜん・・・・そんな、とんでもないですわ。私ではエリク様にまっっったく釣り合いませんから」

 「ふぅん・・・だとしたら厄介な魔性だな」

 「?何か仰いましたか?」

 「いや、別に」


 聞こえなかった言葉を教えてもらおうとしたが、ライセはさっさとエリク達の元へ行ってしまった。何だったんだよぅ。


 さてでは帰ろうかというところで私はある大事なことを思い出し、お父様に向かって叫んだ。


 「お父様!私大豆がたくさんほしいんです!」


 その場の空気が微妙なものになったことは言うまでもない。

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