クリームパンが絶品です
今回は少し長めです。
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道端に立つ道化師の手品に驚いたり、小麦粉の山に乗せたコインを落とさないよう山を崩していくゲームを楽しんだりしつつ歩いているとクリームパンのお店を見つけた。ホイップクリーム、カスタードクリーム、チョコクリーム、紅茶クリーム、コーヒークリーム、カボチャクリーム、マロンクリーム、サツマイモクリーム、リンゴカスタードクリームと実に豊富な品揃えだ。全種類食べたい。けれど真ん丸なクリームパンは一つあたりが結構大きく、二個も食べてしまうと夕飯が入らなくなりそうなほどだ。どれも美味しそうなのに一つしか選べないとか何ていう拷問?
私だけでなく、エリク達も決めきれないようで悩んでいる。そんな私達をお父様は微笑ましそうに眺めながら急かすことなく待ってくれた。悩みに悩んで結局私はカボチャクリーム、エリクはマロンクリーム、リムは紅茶クリーム、ステュアートはチョコクリーム、ライセはリンゴカスタードクリーム、お父様はコーヒークリームを選んだ。
店の近くに設置してあるベンチに並んで座り、さっそくクリームパンを頬張る。ふっくらもちもちとしたパンの中にカボチャクリームがたっぷり入っていた。クリームと聞いてカボチャペーストとホイップクリームを併せたものか何かと思っていたが、茹でたカボチャを形が少し残る程度に潰してマヨネーズと混ぜたものだったのでカボチャクリームというよりはカボチャサラダっぽい感じだ。カボチャの甘みとマヨネーズのクリーミーな塩気が絶妙な甘じょっぱさ!前世から好きな組み合わせ。うまいうまいうまい。
「エリクってどれくらいの頻度で街に来てるの?」
ふとクリームパンを食べながらリムがエリクに尋ねた。エリクは咀嚼していたパンを飲み込んで答える。
「三ヶ月に一度くらいかな」
「そうなんだ。結構頻繁なんだね」
「そうか?本当はもっと来たいくらいだし、もっと遠くの街にも行きたいとは思っているんだけど」
「だって街の状況って領主達が報告しているんだから、わざわざ王族が出向くこともないだろ?」
「リムの言うことももっともだが、書類や他人の報告からでは測り切れないことがあるからな。あ、誤解しないでくれ。領主達のことを信用してないとかじゃない。でも俺はきちんと自分の目で、耳で、肌で感じて、ちゃんと自分の頭で考えたい。そうやって真にこの国を守っていきたい。だからこれからもこうやって色々なところへ足を運ぶつもりだ」
リムとエリクの会話を隣で聞いていた私は『立派だなぁ』と素直に感動した。王族であることを差し引いてもエリクの姿勢は人としてとても立派で、立派すぎて自分の人間性の低さを思うとちょっと居心地の悪さを感じるほどだ。
「そうか。エリクはすごいね」
「そうでもないよ。まだまだだ。陛下を見ていると、俺はどれだけ知識を増やして知恵を絞って努力を尽くしても、誰を味方につけ、何を信じ、全ての選択肢を間違えず行動し続けられるかなんて自信、正直ないな」
「何せクリームパン一つ決めるのに栗かカボチャかであんなに迷うくらいだもんな」
「チョコかサツマイモかで悩んでた奴がよく言う」
感心するリムの言葉を聞いて自嘲気味に肩を竦めたエリクをステュアートがからかい、ライセがステュアートに冷たい目を向ける。エリク達の会話を聞きながら、私はエリクの言葉について考えていた。
そうだ、彼は王族だから間違うことを許されない。でもそれは言葉にするより遥かに難しく、想像するよりずっと過酷なことだと思う。簡単に答えの出せる選択肢ばかりではないだろうし、その正解不正解も結果論だ。その場では正しいものを選んだつもりでも予期せぬ事態でそれが間違いに変わることだってある。誰かの悪意で間違いにされることもあるだろうし、選ばれなかった選択肢に責められるような状況もあるだろう。一般人には『過ぎたことは仕方ない、次は間違えないように』で済まされることも王族なら済まされない。一国民として、王族には常に正しくあってほしい。だが、王族だって神ではない。意図せず間違えてしまう時も、どの選択が正しいのかわからなくなる時もあるに違いない。その時私は?『早く答えを出せ、間違えるな』と無言の圧力をかける傍観者で良いのだろうか。
私はただの一貴族、一国民でしかない。何ができるわけじゃない。けれど私は―――――。
「私はエリク殿下がゆくゆく統べる国の民であることを誇りに思います」
ふいに口を開いた私をエリク達が少し驚いたように見た。私は手に持つクリームパンを半分にちぎって、齧っていない綺麗な方をエリクに差し出した。
「あまりお役に立てるような特技はありませんが、食べたいものを両方味わえるご協力くらいはできますわ」
全ての選択肢を彼に丸投げするのではなく、彼が捨てたくない選択肢の一つだけでも守れるように動ける人間になりたい。たとえそれが本当に微力にしかならないとしても。それが私の人としての矜持であり、国のために努力を怠らない彼への誠意だと思う。
エリクは半分に割られたカボチャクリームパンと私を交互に見て、やがて嬉しそうに微笑った。
「それは、とても頼もしいな」
そして自分のマロンクリームパンを私と同じように半分にちぎり、私へ差し出した。
「シトラスが困った時は、俺も同じように協力するよ」
「いいな、それ。俺のもやるから、おまえらのもくれよ」
私とエリクのやりとりを見ていたステュアートが自分のパンをちぎる。
「食べられる味は、多い方が良いだろ」
「そうだよね。なら、僕も」
リムもパンをちぎった。
「ほら、ライセも混ざれよ」
「・・・別に良いけど、全員で一斉にちぎって交換したら落とすよ?順番に渡して食べていきなよ」
「私も混ぜてもらえるかな?」
ステュアートがライセを誘い、お父様も入ってくる。私達は落とさないように注意しながらそれぞれのパンを一口ずつちぎって交換して食べた。色々な種類を味わえて、どれもこれも美味しくて、何よりこんな風に食べることが楽しい。皆も同じことを感じているのか、身分も何もない、年相応の顔で笑っている。
私は交換してもらったパンを食べながらふと空を見上げる。そこには雲一つない空の青が広がっていて、私をとても晴れやかな気持ちにさせてくれた―――――何このクリームパン、マロンクリームが前世のモンブランケーキのクリームとそっくりでマジで好きな味、幸せ。
クリームパンを食べ終えた私達が次はどのお店を見ようかと話しながら歩き始めるとカボチャのランタンをかたどった仮面をつけた男性が真正面から声をかけてきた。
「ネクター公爵様!これはこれは、市場の祭りにご参加いただけるなんて・・・ぜひ心ゆくまでお楽しみくださいね」
男性は仮面で見えないながらもにこにこと愛想良くしている様子だったが、なんとなく違和感を覚えた。
(楽しんでくださいという声かけだけでこんな行く手を阻むように立つ必要があるのかしら。しかも仮面を取らずに挨拶って失礼だし・・・そもそも大人なのに仮装?)
違和感を覚えたのは私だけではなかったようで、ステュアートがさりげなくエリクをかばうように位置を変えた。お父様も私達全員を背に守るように立っている。
「わざわざご丁寧にありがとう。そうさせてもらうつもりだよ」
お父様が警戒しつつ当たり障りのない返事をしたその瞬間、突然何者かが一番後ろにいた私を背後から抱え上げる。叫ぼうにも口を押えられ、口を押えている手に噛みついてやろうにも相手は厚手の手袋をしていて効果がないまま、みるみるお父様達から離されていく。
「シトラス!?」
傍にいたリムが瞬時に手を伸ばして助けようとしてくれたが抱えられて浮いた私の足先に一瞬届いただけだった。




