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悪役令嬢は和食をご所望です  作者: 朝日奈 侑
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秋の収穫祭にお忍びです

 クロエとお茶してから約四ヶ月、特に何も変わらない日々が過ぎた。『どら焼きを食べたことで予定よりもだいぶ早く前世を思い出したかもしれない・・・そうなるとストーリーはどうなるんだろうか』と心配していたが、思い違いだったのかクロエから連絡などは一切ない。


 その間私はヒスイ国の食文化についての本を読んで醤油や味噌は仕込んでから出来上がりまで一年かかる、仕込みも冬が適している、そしてそれぞれの種麹が必要だがこの種麹を自家製するのはめちゃくちゃ難しいという事実を知って道のりの遠さに涙した。それからリムの誕生日に名前が刻印された飾りプレート付の栞をあげてとても喜んでもらったり、水羊羹に挑戦してみたらフィオ達が「不思議な食感で美味しい」と絶賛してくれたり、和食じゃないけど日本生まれであるオムライスを作ってお父様達にも食べてもらったりとしているうちに季節は目も眩むような暑い夏が終わって遠くに見える山が紅や黄色、くすんだ緑色に染まる季節がやってきた。


 醤油や味噌を仕込み始めるのはもう少し勉強してからにすべきだろうが、豆腐は作ってみても良いかもしれない。別に豆腐は夏に作ってみてもよかったのだが、塩で食べることになるなら温かいおぼろ豆腐が良い、それならやっぱり涼しくなってきた頃だろうと決めていたのだ。

 とりあえず大豆を買わなくちゃ。またジル料理長にお願いして買ってきてもらおうかと思っていたところ、エリクからリムと私宛に手紙が届いた。『秋の収穫祭(フェルフィーユ)の日一緒に市場へ行かないか』というお誘いだった。


 秋の収穫祭(フェルフィーユ)とはその名の通り秋の収穫を祝う祭りで、貴族の令息令嬢にとってはパティシエがカボチャや栗、サツマイモを使って作った見目美しいケーキなどをただ食べる日だが、平民の子供達はちょっとした仮装をして大人達からお菓子をもらう行事がある。厳密に言えば時期が少し早いけど、要は前世で言うところのハロウィンだ。実はちょっと行ってみたかったから嬉しい。リムも快諾の様子だ。

 しかし行くと決めたもののお父様にどう説明したものか。エリク達が『お忍び』と言っているのならお父様に『エリク殿下から一緒に市場へ行こうとお誘いを受けた』などとは説明しない方が賢明だろう。リムと相談した結果、ただシンプルに『秋の収穫祭(フェルフィーユ)の日に市場へ行きたい』とお願いするしかないということになった。


 「あぁ、いいよ。じゃあその日休めるように仕事を調整しよう。二人とも仮装するかい?衣装を用意しないとね。ミラベルに見立ててもらうと良い」


 普通の貴族なら「そんな平民の祭りなど・・・」と眉をひそめそうなものをお父様はあっさり認めてくれた。こんなゆるい感じで三大公爵家の一つを担う当主であることを驚くべきなのか、公爵なのにこんなにも平民に対して友好的であることを驚くべきなのかもはやわからない。

 侯爵家から嫁いできたはずのお母様も「リムは吸血鬼で、シトラスは魔女なんてどうかしら?」とウキウキしながら衣装を選んでおり、しかも「私もトパーズ公爵家のお茶会に招待されてなければ一緒に行ったのに・・・」とまで言う始末。

 私は好きだけど、うちの両親貴族として大丈夫かな?それとも私が平民をバカにする悪役令嬢転生ものを読みすぎて貴族に対する偏見があるだけで、これが普通なのかしら?



 秋の収穫祭(フェルフィーユ)の日、礼服の上に吸血鬼のようなマントを羽織ったリムと、魔女に見立てた黒のワンピースにとんがり帽子を被った私はお父様に連れられて市場へと向かった。市場に着くと前回来た時と同じような活気に迎えられる。あちこちにオレンジ色の大きなカボチャをくり抜いて作ったランタンや黒猫の置物、おばけモチーフのオーナメントが飾られ、売られているものもカボチャや栗やサツマイモを使った軽食やお菓子など秋色一色だ。


 リムと協力してエリク達との待ち合わせ場所へお父様をさりげなく誘導する。この辺りかなというところで仮装している子供達がお父様の元へ駆け寄ってきた。


 「あ、公爵様だ!」

 「公爵様お菓子くださーい!」

 「あぁ、こんにち・・・」


 近寄ってきた子供達からの挨拶に笑顔で応じようとしたお父様がそのまま固まった。そしてしばらくフリーズした後、周囲には聞こえないよう注意しながら子供達に囁く。


 「・・・・・エリク殿下、これはどういうことでしょうか?」

 「なんだ、もうバレたのか。まぁ他の誰にも気づかれていないから良いが」


 エリクは頭からすっぽりと白いローブを目深に被っている。どうやらオバケの仮装のようだ。たしかにあの髪は一目で王族とわかってしまうもんね。ステュアートは露店で売られていた狼をかたどったハーフマスクをしている。エリクとステュアートの隣にもう一人少年がいた。彼は猫耳のついた黒い帽子に黒縁の眼鏡をかけている。


 「リム、シトラス、紹介する。俺達が誇る将来の宰相、ライセ・スピネルだ。ライセ、彼らの前ではいつも通りにしてくれてかまわない」

 「・・・どうも、宰相になると決まっているわけではないのにもう宰相呼ばわりされているライセ・スピネルです。侯爵家だけど、エリクが『いつも通り』と言うから敬称も敬語も使わないよ。だから俺にも使わないでね」


 紅と碧を織り交ぜたような瞳が気だるそうにリムと私に向けられる。ヤバい。ただでさえ前世の推しの幼少期姿に萌えるのに、黒縁眼鏡に猫耳帽子とか一体何サービスですか?鼻血出そう。

 変態脳の私に気づくことなくリムはにこにこと自己紹介をしていた。


 「僕はルベライト公爵家のリム。よろしくね、ライセ。こっちは義妹のシトラス」

 「お、初にお目にかかります」


 リムの紹介を受けて私は慌てて変態脳を引っ込めて挨拶をする。慌てたせいでちょっと噛んだ。


 「ネクター公爵も今日は『エリク』で頼む」

 「なるほど、『お忍び』ということですね」

 「そうなんだ。今日は敬語も使わないでくれ。使えば命令違反で不敬とする」

 「・・・わかった。リム達の友達と祭りを一緒に回れるなんて嬉しいよ。今日はよろしくね」


 普段から色々ゆるい感じのお父様もさすがに王族に対して敬語を使わないのはどうかと思っている様子だったが、敬語を使うと命令違反で不敬となれば仕方ない。冷や汗かいてるけどなんとか順応している。がんばれパパ。

 お父様の応えに満足したエリクとともに私達は祭りを楽しむべく歩き始めた。

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