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悪役令嬢は和食をご所望です  作者: 朝日奈 侑
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【番外編】彼女を待つ間(リム視点)

 シトラスがベルを連れて客間を出た。その後ろ姿を見送って視線をエリク殿下に戻すとエリク殿下はとても楽しそうに微笑んでおられる。


 「ヒスイ国のものは食べたことがないからどんなものが出てくるか楽しみだな」


 その表情は本当にヒスイ国の食文化に期待を膨らませておられるようにも見えるし、ヒスイ国の食文化など関係なくシトラスと過ごす時間に思いを馳せて心待ちにされているようにも見えた。


 エリク殿下は僕と同じ歳とは思えないほど大人びていて、高貴であるにもかかわらず驕らず気さくだ。先日の茶会で少し話しただけでも人として魅了されるには充分だった。将来何らかの形でこの御方にお仕えできればと思う。

 けれど、シトラスがエリク殿下の婚約者となるのは純粋に嫌だ。ルベライト家としてはシトラスがエリク殿下の妻となるのは願ってもないことだと理解はできても心がそれを許さない。エリク殿下はきっとシトラスを幸せにしてくださるだろうが、僕は自分自身でシトラスを幸せにしたい。基本的に物事に執着しない僕にとって唯一譲れないものだ。

 しかし、もしエリク殿下がシトラスをご自分の伴侶にと本気でお考えなら立場上断るのは難しい。実際のところ、エリク殿下の御心はどうなのだろう。先ほど『婚約するのではとあらぬウワサが立ってシトラス嬢にも累が及ぶ』と仰っていたが、果たしてお言葉通りなのか。

 僕は改めて姿勢を正し、エリク殿下に尋ねた。


 「エリク殿下、本当にシトラスとの婚約はお考えではないのですか?」


 僕の質問を受けたエリク殿下は一瞬きょとんとした表情をなさった後、組んでおられる脚の上に頬杖をつきながら目を細められた。


 「それは、『ぜひ妹を妻にしてほしい』という推薦か?それとも本当に『妹との婚約は考えてないよな?』という確認?』


 素直に御心をお答えくださればと思っていたが、まさかこのように問い返されるとは思っていなかった。僕もまだまだ甘いな。

 エリク殿下の質問に対する僕の答えはもちろん後者だ。けれど、お義父様のお考えがわからない以上、僕がここでそう答えてしまうことはできない。どう答えたものかと考えているとエリク殿下は言葉を続けられた。

 

 「現時点で俺自身は本当にシトラス嬢との婚約を考えてはいない。ただ俺も立場上全ての令嬢が婚約対象になるし、公爵家令嬢となれば可能性は高いとも言えるな」


 それは、そうだろうな。

 僕が黙っているとエリク殿下は面白そうなものでも見るような表情を浮かべられた。


 「なるほど、ずいぶん妹が可愛いらしいな」


 エリク殿下のお言葉は僕の本心を見抜いたのか、それとも知らないままなのかどちらともとれるもので僕は少しもやもやとした心地になった。


 「そう、ですね。義妹は、僕にとって大切な存在ですから」


 とりあえず当たり障りのない言葉で返す。

 エリク殿下は「そうか」と小さく頷かれた後、ご自身の後ろに立つステュアート様に声をおかけになった。

 

 「ステュ、おまえもいい加減座ったらどうだ?いつもならこんな長い時間かしこまった位置にいないだろ」


 エリク殿下のお言葉にステュアート様は澄ました表情で肩を小さく竦めた。


 「それは実に心外ですね殿下。私は公衆の面前ではいつもきちんとしていますよ」

 「わかったわかった。リム殿、実は俺あんまり堅苦しいのは好きじゃないんだ。今から俺とステュの()()()()()でかまわないか?」

 「僕はかまいませんよ。もし殿下やステュアート様がよろしければ僕のことは『リム』とお呼びください」

 「ありがとう。さっそくそうさせてもらうよ、リム。俺のことも『エリク』と呼んでくれ。敬語もなしだ」


 エリク殿下が仰ることに僕は驚いて、慌てて首を横に振った。


 「それは承服致しかねます」

 「頼むよ。ステュ同様周囲に他の目がない時だけでかまわない。せっかくだから俺はリムとももっとくだけた関係でいたいんだ」


 なんだかひどく買いかぶられている気がする。僕はルベライト公爵家の次期当主という肩書以外王族に身近な扱いをしてもらえるようなものはまだない。

 けれど―――――


 (エリク殿下がシトラスと婚約なさるかどうかの問題は別にして、僕は将来エリク()()を支える人間の一人になりたい)


 それが回りまわって、きっと彼女に誇ってもらえる存在になれるのだと思うから―――――。


 「・・・わかったよ、エリク」

 「あぁ、これからもよろしくな、リム。・・・さぁ、ステュ、リムから許可が出たぞ。楽にしろ」

 「ほんっとうに俺を甘やかすのが好きだな、エリク」


 先ほどまでの護衛らしさはどこへいったのか、ステュアート様は一度大きく伸びをなさると、遠慮なくエリクの隣に腰を下ろされた。そして大胆不敵な笑顔で僕に向き直られる。


 「まともに言葉を交わすのは初めてですね、リム様。私はステュアート・ベリル、ベリル侯爵家の息子でエリクの専属護衛です。私に対して敬語は不要ですよ。名も『ステュ』とお呼びください」

 「わかった。僕達だけの気楽な場ではそうさせてもらうよ。ステュも僕のことは『リム』でかまわない。敬語もいらない」

 「そうか。それじゃあ遠慮なく。助かるよ、リムとはどうせ将来的に同じ学園へ通うだろうし、その後は何かしら仕事で関わることも増えるだろうから、いつまでも他人行儀じゃ疲れる」

 「シトラス嬢とゆっくり話してみたかったのは事実だけど、リムともじっくり話したかったんだ」


 エリクの実に嬉しそうな笑顔を見て、『あぁ、僕はやっぱり将来この御方のお役に立てる自分でありたい』と思わされたのだった。

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