わくわく混ぜごはんです!
厨房に着くと鍋が置かれたコンロの前にフィオが立っていた。私が入ってきたことに気づくと顔を上げて鍋を指し示す。
「言われた通りの時間にコンロの火を止めた。そろそろ蒸し終わる頃だと思う」
「ありがとうフィオ」
私は髪をポニーテールにまとめてリボンで留め、エプロンをしてから手を洗って鍋の前に立った。横からジル料理長が材料の入ったボールをいくつかトレイの上に並べて差し出してくれる。
「こちらもご指示の通り準備してあります」
「ありがとうございます」
私は時間を確認して鍋の蓋を開ける。中にはふっくらつやつやのジャポニカ米があった。そこへボールの中に用意された具材を入れて混ぜる。鮭の塩焼きをほぐしたもの、茹でた枝豆、塩と昆布出汁で味付けた炒り卵、白胡麻・・・・・そう、今日エリク達に振舞うのは混ぜごはんです!白いごはんに薄紅色や薄黄緑色、薄黄色が織り交ざっていく様子に私は顔をにやつかせた。うんうん彩り綺麗で超美味しそう!
しかし、見た目も大事だが肝心なのは味だ。私はスプーンで混ぜごはんをすくい味見をする。我が国の王子にお出しするものなので『美味しくはないけど不味くもないから食べられるよ!』みたいなものであってはならないからジル料理長とフィオにも味見を頼む。
白いごはんのほのかな甘みと鮭の塩気、枝豆の青い甘み、炒り卵のうまみ、白胡麻の香ばしさが絶妙に混ざりあって舌の上を転がる。それぞれが単体でも美味しいのにお互いの味を引き立てあっていてこの上なくうまい。食感の違いも楽しい。ごはんはもちもち、鮭はほぐほぐ、枝豆はほくほく、炒り卵はぷりぷり、白胡麻はぷちぷちと飽きることがない。いくらでも食べられるよこれ。
無事ジル料理長とフィオからも『美味しい』という言葉をもらえたので、『さて、これをお皿に盛ってワゴンで運んで・・・』と考えているとジル料理長が鍋ごと運んで、目の前でよそってはどうかと提案してくれた。
「その方が少しでも温かい状態でお出しできますし、きっと毒見も必要なくなるでしょうから」
なるほど。同じ鍋からよそったものを私達も食べたらエリクも安心できるもんね。王族って大変なんだなぁ。つくづく私王妃なんて嫌だわ。まぁエリクと結婚できる可能性なんて微塵もないけどね。
ジル料理長の提案通り私は混ぜごはんを鍋ごとワゴンに置いた。鍋の他に木べらやレードル、銀製のスプーンや取り皿も乗せたワゴンをベルにお願いして、共に客間へ向かう。
客間に戻るとエリク達がこちらを見た。ステュアートがエリクの隣に腰かけているのを見た私に気づくとエリクは説明してくれた。
「すまない、シトラス嬢。せっかくの場だからステュともいつも通りに楽しみたいと思ってな。さっきリムには許可をもらったから」
いつの間にかリムのことも呼び捨てになっている。ステュアートも先ほどまでの態度が所謂『借りてきた猫のよう』だったのだろう、今は実に伸び伸びとくつろいでいた。なるほど、私が食事の準備をしている間にずいぶんと打ち解けたようだ。
「かまいません。よろしければ私のこともどうぞ『シトラス』とお呼びください」
『嬢』という柄でもございませんから。
私がそう言うとエリクとステュアートは「では、お言葉に甘えて」と微笑った。
「お待たせ致しました。今日はヒスイ国のお米を使った料理をご用意しております。お口に合うと良いのですが・・・どうぞお召し上がりください」
私の言葉を合図にベルが鍋の蓋を開けるとエリク達は小さく歓声を上げた。
「ヒスイ国の料理は初めて目にするが、うまそうだな。シトラス、これは何という料理なんだ?」
「これは『鮭と枝豆と卵の混ぜごはん』です」
ベルがレードルで混ぜごはんを皿によそい、エリク達の前に並べる。
「目の前でよそってもらうのは斬新だな。これがヒスイ国の作法なのか?」
「いえ、これは少しでも温かい状態でお出ししたかったからです。あと、同じ鍋からよそったものを私達も食べれば毒見係も必要ないかと」
「そうか。それは気を遣わせたな」
「とんでもないです。料理長の提案なので、私は何も。それと、もちろん毒など入っていませんが、一応その証明のため僭越ながら私から先にいただきます」
毒見も何もすでにさっき食べてるんだけど、エリク達の目の前で食べることが大事よね。私は自分の席に着くと両手を合わせ「いただきます」と挨拶をして混ぜごはんを口に入れた。
っはあぁーやっぱり美味しい・・・ていうかさっきから何口食べても美味しいが止まらない。
毒見係として最初に食べているという立場を忘れてもりもり食べている私を見てエリク達はおかしそうに笑い、「それでは俺達もいただこう」とスプーンで混ぜごはんをすくって口へ運んだ。少し咀嚼したところで全員が小さく目を見開く。
「米料理と言うからリゾットかパエリアかと思っていたがどちらとも違う食感だな。ふっくらもちもちしてる」
「具材の味がたくさん混ざって複雑な味わいだがうまいな」
「食感もそれぞれ違って面白いね」
みんなで混ぜごはんを食べながらヒスイ国は米をふっくら炊いておかずと食べる文化であることや、他にも味噌や醤油といった独自の調味料を使った料理があることなどダイアモンド国の食文化と全然違うということを話した。エリクはもちろん、ステュアートやリムも色々質問してくれたりして興味深そうに話を聞いてくれた。
どうやらエリク達は混ぜごはんを気に入ってくれたようだ。男の子らしくおかわりまでしていた。よかったよかった。
私は男の子じゃないけどおかわりしたけどな。
エリク達が帰る時間となり、玄関まで見送る。エリクは混ぜごはんの礼の後、リムと私にだけ聞こえるような声で言った。
「またステュとお忍びで市場へ行こうと思ってるんだ。リムとシトラスがよかったら次は一緒に行かないか?」
「市場へは行きたいですけど別にエリク殿下とご一緒じゃなくて良いんですが・・・」という言葉が危うく口からこぼれそうになるのをグッと堪えるとリムが私の代わりに笑顔で応じていた。
「いいね。楽しそうだ」
あ、そういう返事?
仕方がないので私もなんとか作り上げた笑顔で頷くだけ頷いておいた。
「じゃあまた連絡する」
「またな」
エリクとステュアートが乗った馬車が去っていくのを見届け、私は思いっきり長くため息をついた。そんな私を見てリムはくすっと笑う。
「エリク殿下をおもてなしするの緊張したよね。がんばったね、シトラス」
緊張したというわけではないんだけどもはや訂正する気力が微塵も湧いてこなかったので曖昧に笑ってごまかした。
とりあえず、当分何事もなく和食作りに没頭したいと切に願う私なのである。




