第一王子がわが家へお越しです
基本的に屋敷内のインテリアをコーディネートしているのはお母様だ。服にしろインテリアにしろ手土産にしろ、お母様はセンスが良い。お父様の、好意的に言って斬新な、はっきり言って壊滅的なセンスで仕立てられていたら健康で文化的な最低限度の生活もままならないことになっていただろう。
そんなお母様の集大成とも言える客間はそれは美しい空間だった。壁は白地に控えめなクリーム色のダマスク柄、床は複雑な模様が幾重にも並べられた寄木細工、深い紅と碧が絶妙なペルシャ絨毯、絨毯に使われている紅と同じ色のソファはヴェネチアンスタイルで上品なダークブラウンの脚や背の彫刻が芸術的だ。テーブルはソファの脚や背の彫刻と同じ色で表面は鏡のように磨き上げられ、いくつもある大きな窓の両側にはこれまた絨毯に使われている碧と揃えた無地のカーテンがゆったりと束ねられている。シャンデリアも我が家で一番豪華絢爛なものだ。これだけ柄物が並んでいてもごちゃごちゃした印象にはならず、王城の一室を思わせるようなコーディネートをできる手腕は我が母親ながらさすがとしか言いようがない。
そしてそんなお母様の渾身の力作である客間の美しさもエリクの美貌の前では平凡に見える。マジかよ。
「一度ゆっくり話してみたいとずっと思ってたんだ」
エリク主催の茶会から一ヶ月後、宣言通りエリクは我が家にやってきた。そして優雅な所作でソファに腰かけながらそう言った。
はて。そんな風に言っていただけるようなことなんてあったかしら?茶会で初対面のはずなんですけど。一目惚れしてもらえるような見目でもないし。
エリクの発言に疑問を抱きながら私はエリクの向かいにあるソファに腰かける。エリクの後ろにはステュアートが立ち、私の隣にはリムが座った。ちなみに玄関先にてエリクから『発言や着席などいちいち事前許可は求めず普段通り行動するように』と仰せつかっている。お心遣い痛み入ります。
「この前ステュとお忍びで市場に行った時シトラス嬢を見かけてね」
私の頭の周りに浮かぶ疑問符を読み取ったエリクの答えに私は度肝を抜かれた。もうこの後嫌な展開しかないよねそうだよね考えすぎだと言って誰か。私の願いも空しくエリクは実にイイ笑顔で続けた。
「いやぁダグラス殿を冷たく見据えるシトラス嬢は実に凛々しかったな」
あれを見られてたのかー!!!
恥ずかしいやら何やらで頭を抱える私を気にすることなくエリクはペースを乱さない。
「ゆっくり話してみたいけど、面識もないのにいきなり家に押しかけては迷惑だろう?それに俺、一応王子だから特定の令嬢の家を訪ねたら『婚約するのでは』とあらぬウワサが立ってシトラス嬢にも累が及ぶだろうし、どうしたものかと思ったんだが」
「それで茶会を・・・?」
「そう。その茶会でシトラス嬢と面識を作り、異国文化に興味を引かれた俺がその文化に詳しいシトラス嬢のところへご教示願いに来る。実に自然な流れだろう?まぁさすがに何度も訪問すると婚約を疑われるから一度きりの手ではあるけど」
エリクの説明に私はしみじみ感心した。目的が私のような地味顔残念モブ悪役令嬢に会うためというのはいかがなものかとは思うし、少々大掛かりが過ぎるけど、よくできた計画であることは事実だ。
「さすがエリク殿下、聡明でいらっしゃいますね・・・」
私の言葉にエリクは得意げな表情をした。さすが王子、ドヤ顔にまで高級感漂ってる。
「だろう?・・・と、言いたいところだが俺は人の手柄を横取りする趣味はないからな。俺の策ではないよ」
「・・・?では・・・・・」
エリクの考えた計画ではないのだとしたら・・・と私がちらりとエリクの後ろに立つステュアートに目線を向けた。私の視線を受けたステュアートが悪戯っぽく微笑う。
「あいにく私でもないですよ」
わけがわからず再び視線をエリクに戻すと彼は悠然と紅茶を飲みながら答えた。
「うちの宰相殿が優秀という話だ」
「え、ヒューゴ・スピネル様が今回の計画を・・・!?」
ヒューゴ・スピネル様はこの国の宰相で、ダイアモンド国の長い歴史の中で最も優秀だと評される人物だ。そんな方にわざわざこんなモブ令嬢と会うための計画を練ってもらうとか職権乱用がひどい。才能の無駄遣い。
「ヒューゴ殿は陛下の宰相だ。俺が言っているのは将来の宰相、ライセだよ」
エリクの話によると、周囲に婚約などを誤解されず私とゆっくり話すにはどうしたら良いかとライセに相談したところ、私達を見かけた状況を詳しく聞かれ、リムが本屋の紙袋を持っていたことに目をつけたライセは本屋の店主に『先日ルベライト公爵家令息が買った本が面白いというウワサを聞き、エリク殿下が興味を示された。同じ本を用意してほしい』と連絡してリムが買ったヒスイ国の食文化についての本を入手。その際『プレゼント用として購入されていた』という情報も掴んだライセは手始めに貴族名簿でルベライト公爵家全員の誕生日を調べたところその日が私の誕生日であったことから私へのプレゼントとして買ったと推測。また私がヒスイ国産の米を使用人に購入させていたという当日の目撃情報により、ヒスイ国の食文化に興味を持っているのは私と断定。それならエリクと同年代の令息令嬢を招待した茶会を開催し、そこで『異国文化に興味を持ったから詳しく話を聞きたい』と公爵家を訪問するなり、王城に呼び出すなりすれば良いという算段だったようだ。ちなみに真っ先に私にヒスイ国の話題を出すのではなく、リムから本の話を聞きだす流れで『ヒスイ国の食文化に詳しいのはシトラス嬢である』となる方が他の令嬢を下手に刺激することも少ないだろうという魂胆だったらしい。
まだ誕生日を迎えていないライセは八歳であるだろうにもかかわらずこの敏腕さ。彼が本気を出せば明日にでも国を牛耳ることが可能ではないのかと恐怖すら覚える。でもいいよ、すごく素敵よその有能さ。ちなみに前世の私の推しは何気にライセだったりします。『せっかく転生したからライセと婚約したいな』という願望は全然ないけどね。ただのファンさ。
「ライセ様はすごい方なのですね・・・」
「あいつは恐ろしく優秀だな。味方でいてくれてよかったよ。敵に回したら厄介すぎる」
たしかに。敵に回したが最後、一時間後には国外追放されているかもしれない。ガクブル。
「そうでしょうね。そういえば、先日のお茶会にライセ様はいらっしゃったんですか?」
「一応出席していたけど、端の方で特に誰とも話さず過ごしていたみたいだな」
「お得意の『人間観察』でもしていたのでしょう」
エリクとステュアートの言葉に私が「なるほど」と相槌を打ったところで先ほどからずっと静かに話を聞いていたリムが口を開く。
「ところで殿下、今日はシトラスにヒスイ国の食文化についてお話を聞きに来られたのでしたよね?今日のためにシトラスには準備したものがあるようですよ」
リムらしい紳士的な笑顔なのに心なしか何か含まれている気がする。あ、関係ない話ばかりして時間を無駄に消費しないようにってことかしら?たしかに今日の本題は一応『ヒスイ国の食文化をエリク殿下にご紹介する』だもんね。
「へぇ、何だろ?楽しみだな」
リムの言葉を受けて、エリクは興味津々というように目を輝かせた。
「今こちらにお持ちします。少々お待ちください」
そう言って私はベルを連れて客間を出た。




