お茶会を楽しんで・・・います?
エリクの挨拶が終わると給仕達がカップにお茶を注ぎ、茶会が始まった。
その瞬間令息令嬢がハイエナのようにエリクへ群がるのかと思ったが、そこはさすが貴族の子と言うべきか。後々は自由に移動するのだろうが、最初は各家順番にエリクへ挨拶と自己紹介をするようだ。『まずは公爵家からということだから私達の番はすぐだな』と考えていると周囲が少しざわつくのを感じる。見ると一番にエリクの前へと進み出た少女がいた。
見るからに指通り滑らかそうな金色の髪はお約束のように毛先が縦ロールで、いかにもプライドの高そうな目元に真紅のバラのような瞳、美しく微笑を浮かべる口元、バランスの良い華奢な身体、茶会用の範囲最大限に華やかな紅のドレスなど彼女を形作る全てから自信が満ちあふれている。
そう、小説『悪役令嬢に転生したけれど、わたしはげんきです』の主人公クロエ・ガーネットだ。
ちなみに彼女を初めて目の当たりにした私の脳内第一声は『お、お美しいぃぃー!』だった。前世から『綺麗なお姉さんは好きですか?』のキャッチコピーには全力で『大好きです!』と答えていた勢です。
「お誕生日おめでとうございます、エリク殿下。ガーネット公爵家のクロエと申します。本日はお招きいただき心より感謝申し上げます」
「ありがとう、クロエ嬢。今日は存分に楽しんでいってくれ」
「ありがとうございます」
クロエがそれはそれは美しい令嬢の挨拶をエリクに披露する。クロエの挨拶を優雅な微笑みで受けるエリク。はぁーどこ見ても美しい・・・眼福すぎる。
うっかり見惚れているとリムが「次は僕達だよ」と小さく囁いてきたので慌てて背筋を正してリムとともにエリクの前へ歩み出た。
リムがエリクの前で立ち止まったので私も彼より半歩ほど後ろの位置を保ったまま立ち止まる。リムは大人顔負けの優雅な所作でお辞儀をする。
「エリク殿下、お誕生日おめでとうございます。ルベライト公爵家のリムと申します。本日はお招きいただき誠に光栄です」
「同じくルベライト公爵家のシトラスと申します。お誕生日おめでとうございます、エリク殿下」
「ありがとう、リム殿、シトラス嬢。あとでぜひゆっくり話そう」
リムに続いてなんとか挨拶を述べるとエリクからそう返された。
「ゆっくりお話?あ、間に合ってますので結構です」
・・・と言いたい。使用人にすら敬語を使うので目上の人と話すことに慣れていると思われるかもしれないが、偉い人と話すのはどこかで何か粗相をしてしまわないよう常に気を張り詰めていなければならないから非常に肩がこる。どちらかと言えば苦手な方だ。
簡単な挨拶を済ませ、私達はエリクの前から退いた。トータル一分くらいの挨拶だったのに一仕事終えた感がすごい。
さて、どこのテーブルに落ち着こうかと様子を窺いながら歩いているとリムが遠慮がちに声をかけてきた。
「シトラスも、その・・・エリク殿下と結婚したいと思う?」
「私ですか?ないです」
我ながら清々しいほどイイ笑顔で否定したと思う。だって王妃でしょ?無理無理。それにあんな美形の隣になんて並んだらこの地味顔がぼやけすぎてもはや国民の皆様が「え、王妃の顔?どんなだったかしら・・・?」ってなるわ。「あんな女、エリク殿下に釣り合わないわ!」って思ってもらえる以前の問題よ。霞み飛ぶわ。
「そっか。よかった」
私の答えにリムはホッとしたように微笑んだ。
何をそんな心配することが・・・あ、もしかして万が一エリクと結婚したとして、そこで私が何かやらかしたらルベライト家に責任を問われると思ってるのかな?大丈夫よリム、私残念モブ令嬢だからエリクは私を選んだりしませんって。
挨拶が緊張したからかおなかすいたな。
私は給仕からお茶の入ったティーカップを受け取ると空いているテーブルへ移動した。ティースタンドに並んでいる可愛くて美味しそうなお菓子に激しく目移りしながらまずは苺と生クリームが乗った一口サイズのケーキを取る。こういう色々なものをちょっとずつ食べられるのっていいよね。
他の令嬢は同じケーキをフォークでさらに小さくして口に運んでいたが、私は遠慮なく一口でいただいた。苺の甘酸っぱい果汁がふわっふわのクリームと混ざり合ってなにこれもう口の中が最高大好き。
「素敵なドレスだな。よく似合ってる」
次はピスタチオのマカロンを頬張ったところで後ろから声をかけられた。振り向くとにこやかなエリクが立っている。どうやら招待された令息令嬢の挨拶は全て終わったようだ。
ちなみにたった今お褒めに預かったドレスはお父様達が誕生日プレゼントとしてくれた淡いレモンイエローのマキシ丈ドレス。生地はよくよく見るとストライプ柄が透けて見えるもので、襟や袖口、裾がスカラップカットされ、ウエストの切り返し部分にはドレスと同じ色の大きなリボンが巻かれ、真正面よりやや左側で蝶々結びされている。その蝶々結びの結び目あたりから裾にかけてスカート部分に大きく切れ目が入っており、中からたっぷりとしたチュールスカートが覗く。フィオにもらったリボンを使ったヘアアレンジにしたかったので、イヤリングやチョーカー、靴はリボンと同じサファイアブルー。王族主催の茶会用に胸元や腰のリボンの結び目に濃淡様々のサファイアブルー生地で作られたコサージュをつけてアレンジされている。長々とドレスの美しさを語りましたが言いたいことは一つだけ。私の地味顔にはもったいないほどのコーディネートということです。顔面偏差値とおしゃれ偏差値の格差が激しすぎて思わず乾いた笑いがこぼれるわ。そんな私に『よく似合っている』と自然に言える王子の世辞力の高さはまるでエベレスト。
とりあえず超特急でマカロンを咀嚼して飲み込んでからできる限り令嬢っぽい笑顔を意識してお辞儀した。
「もったいないお言葉でございます」
慌てて食べちゃったけどピスタチオのマカロン激うまだったわ。あとでもう一個食べよう。
そんなことを考えていたらエリクがリムと私の隣に立った。その後ろには護衛然としたステュアートもいる。
「そういえばリム殿はかなりの読書家と聞いた。いつもどんな本を読んでる?」
「よくご存じですね。基本的には父の書斎に置いてあるものを読んでいます。歴史書や旅行記、家庭向けの医学書などを・・・」
「すごいな。俺も本を読むのが好きなんだけど、何かおすすめがあれば聞きたいと思って。ちなみにリム殿自身で選んでは買わないのか?」
「父の書斎には歴代の当主が集めた本がかなりの冊数ある上にまた新たに買い足されますからね。自分で買った本と言えば義妹への誕生日プレゼントくらいです」
「そうか。その時はどんな本を?」
「ヒスイ国の食文化について詳しい本ですね。歴史や製造方法など書かれているものです」
「ヒスイ国の食文化?シトラス嬢はヒスイ国の食文化に詳しいのか?」
あれれ。ステュアートを後ろに控えたエリクとリムが話してるのを見て『イケメン王子にイケメン護衛、イケメン公爵令息が並んでるなんて乙女ゲームみたい。あ、これ乙女ゲームを舞台にした小説の世界だったわ』なんてのほほんと考えていたらなんかちょっとこれ雲行き怪しくない?私できれば貴方と関わりたくないんだけど。
しかし王子に訊かれて無視するわけにもいかないので私はなんとか笑顔で答えた。
「詳しいなんてとんでもないですわ。ただちょっとダイアモンド国の食文化との違いに興味が湧いただけで・・・」
「本当にたいしたことはないです」と続けようとしたところでエリクがにっこりと笑みを深めた。
「それは実に興味深いな。良ければ色々教えてもらえないか」
「そんな、恐れ多くてできません」と答える前にエリクは続けた。
「今度ルベライト家に伺おう。また連絡する」
そう言い残してエリクは颯爽と次のテーブルへ去っていった。私はというと脳が理解を拒絶しているのか、それとも心が現実を拒否しているのか、エリクの言葉の意味がなかなか頭に入ってこなくて遠ざかる彼の背中を見ながらどうにかこうにかインストールを試みる。Wi-Fi環境じゃないからかな。思ってたより時間かかるわ。
そしてようやく意味を受け入れたところで私は脳内で絶叫した。
ううう嘘でしょー!?




