第一王子のお茶会に招待されました
それは八歳の誕生日から一週間後のことだった。
「シトラス様!ネクター様がお呼びです!」
自室でリムからもらったヒスイ国の本を読んで和食に思いを馳せているとベルが駆け込んできた。
何かあったのかと思い、慌ててお父様の執務室へ向かうと、そこにはお父様の他にお母様とリムもいた。全員が俄かには信じ難いというような顔をしている。
「お父様、何かあったんですか?」
「あ、あぁ、シトラス、急に呼び出して驚かせてしまったね。実は先ほどエリク殿下からリムとシトラス宛にそれぞれ手紙が届いたんだ。開けて中を見てもらえるかな?」
エリク殿下?って、あの第一王子の?
意味がわからないままリムと私はお父様から封筒を受け取った。ラメパウダーを織り交ぜたようなキラキラとした白い封筒に美しくカットされたダイアモンドのクラウン部を描いた紋章が入った真紅の封蝋は間違いなく王家のものだ。
だがエリクから手紙をもらう理由が思い当たらない。リムも同じことを思っているようでまじまじと封筒を見つめている。
遠慮なくビリビリと破いて開ける気にはなれないのでペーパーナイフを借りて丁寧に封を切った。中から封筒と同じ材質の便箋を取り出す。
八歳であるシトラス宛ということで中の文はとてもわかりやすく書かれていた。
これは・・・
「エリク殿下が三週間後の誕生日に茶会を開くそうで、その招待状です」
リムが唖然とした様子で自分宛の手紙の内容を口にする。私宛の手紙にも同じことが書かれていると言うとお父様達は愕然とした。
私もびっくりした。なぜならエリクと初めて顔を合わすのは一年後、彼の十歳の誕生日に行われる舞踏会だと思っていたからだ。
ダイアモンド国では二十歳で成人とみなされる。成人年齢が二十歳だったり学園の入学式が四月だったりウェディングドレスが白だったり、前世の日本と同じところが多い。まぁ乙女ゲームや悪役令嬢転生小説なんてほとんど日本人が考えているんだから日本の方式に則ってるよね、そりゃ。
そして王族は成人年齢の半分にあたる十歳になると婚約者を決めるのが昔からの習わしとなっている。そのゆえ王子王女十歳の誕生日を祝うため開かれる舞踏会は事実上王族が婚約者候補を見定める場になるのだ。
エリクの場合、十歳の誕生日に行われた舞踏会で会ったどの令嬢にも興味を示さなかったため、仕方なく家柄、見た目、教養全てで一番とされるクロエ・ガーネットが婚約者として選ばれる。
まだ前世の記憶を思い出していない高飛車なクロエだったけど。
お父様の話によると王子王女が十歳の誕生日を祝う舞踏会前に何かしらの会が催されるのは前代未聞らしい。一体何があったのだろう?
『舞踏会はまだ一年以上先だ』と思っていた貴族達は急すぎるしこの茶会におけるエリク殿下の意図も読めないしで大混乱だろう。
かく言う私も驚きを隠せない。エリクルートは私に大きく関わってこないけれど、やはり攻略対象に接触すればストーリー補正が働いてしまうかもしれない。リムは後々エリク達と友好関係を築くからリムにつきまとうシトラスがエリク達と顔を合わす機会は多々あったからな。それにアミルやクロエへの嫌がらせがバレた時エリクの判決で投獄やら国外追放やらが言い渡されるわけだし、正直リムの次くらいに関わらない方が身のためな気がする。
だいたいストーリーが動き出すのはリムがクロエと出会う十二歳の時だと思っていた。それなのになぜ?それにエリクは彼が十歳になる舞踏会で初めてクロエと顔を合わせて、その二ヶ月後に婚約するのであって、一年も前に二人が出会う場などなかったはずだ。クロエはこの茶会に招待されてない・・・?いや、クロエの家も三大公爵家の一つだから招待されないなんてことはまずないだろう。じゃあこの茶会はゲームにも小説にもなかったに違いない。それとも描かれていなかっただけで開催されてたけどクロエは当日体調を崩したか何かでキャンセルでもしたのかな?そもそも婚約者候補を見定める舞踏会があるのにわざわざ茶会を開く意味は?
考えても考えても謎だらけだ。とはいえ、いくら積極的に参加したいとは思えなくても王族主催の茶会など断る選択肢はない。
「とりあえず、リムとシトラスには茶会へ行く服を新しく仕立てよう。あとは礼儀作法を完璧にしないとね」
招待状には『舞踏会ではなく茶会であるため、軽装で来るように』と書かれていたが、それでも王族主催の茶会となれば他の貴族の茶会で着ていくより上等な服を、少なくとも新しい服を着ていくのが礼儀だろうとのこと。
けれど私は誕生日にもらった淡いレモンイエローのワンピースを着ていくからと新しく仕立てるのは断った。
だってあのワンピースとても可愛いし、そこそこ華やかなデザインだから王族の茶会へ着て行っても恥ずかしいことはないだろうし、まだ袖を通してないから新しいし、何よりこの三週間で貴族という貴族から入る大量の注文を仕上げなければならない仕立て職人達を思うとこんなモブ令嬢の服まで頼んで仕事を増やしてしまうのは申し訳ない。仕立て屋にとって書き入れ時となるから注文した方が良いのかもしれないけど、今回は明らかに注文量が人手と時間に見合わないことになるだろうからな。
公爵であるお父様としては新しいものを仕立てて娘を着飾り、殿下の目に留まる確率を上げたかったのかもしれないが、この地味顔では勝算なんて皆無だ。そもそも私リムルートのお邪魔虫令嬢だからエリクとは恋愛フラグ立つはずないし。ごめんねお父様。
結局私は誕生日にもらったワンピースを茶会用に少しアレンジして、リムももともと持っている新しい服に合わせてネクタイなどの小物のみを追加購入することになった。
あとは今日から茶会までの三週間毎日礼儀作法の勉強だ。リムはもうすでに礼儀作法完璧だから良いけど、私はがんばらないと。だって何か粗相をして目をつけられたら嫌だし。
でも、そうなるとしばらく料理できる時間は取れなさそうだな。せいぜいぬか床を混ぜに行くくらいか。あーぁ、次は混ぜごはん作りたかったのにー!




