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悪役令嬢は和食をご所望です  作者: 朝日奈 侑
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念願の白ごはんです

 誕生日の翌日、私は満面の笑みで厨房に立っていた。調理台の上にはジャポニカ米の入ったボウルが乗っている。

 あぁーやっとこれでぬか漬けとのマリアージュができるよー!


 「これがずっと欲しがっていた米か。いつものと何が違うんだ?」


 フィオが横から尋ねてきた。


 「ふっふっふーこれはね、リゾットに使うお米より粘り気があって、もちもちしてるの。ふっくらと炊いて、おかずと一緒に食べるものなのよ」

 「ふっくらとたいて・・・?」

 「そう」

 「おかずといっしょにたべる・・・?」

 「そう」


 フィオの表情を見て思う。あ、これは絶対わかってないやつだ。

 私は『まぁまぁ見ててください』と言わんばかりにお米を研ぎ始めた。お米が割れないよう優しく回すように研いで水を入れ、白くなった水を捨てる。何度か繰り返して水が透明になったところでお米を鍋に移し替えた。そして鍋に水を注ぎ入れる。これくらいかというところで注ぐのをやめてお米の表面を(なら)し、手を広げて平らになったお米の表面に掌を当てた。水の高さが手の甲の半分くらいにかかるところか確認する。

 小学校の飯盒(はんごう)炊爨(すいさん)みたいで懐かしくてわくわくするな。


 フィオやジル料理長が興味深げに見ている中、私は鍋に蓋をした。


 「これで一時間置いておきます」

 「え?一時間?」

 「夏場だと最低三十分くらいで良いらしいんだけど、今の時期は一時間くらい漬け浸した方が美味しいかなと」


 お米を浸漬(しんし)させている間に私は昨日の夜に漬けておいたキュウリのぬか漬けをぬか床から取り出して斜め切りにする。

 それから今日は念願の白ごはんのおともにもう一品。卵焼きだ。出汁巻き卵といきたいところだけど、かつお節はまだ見つけてないし、醤油もないからシンプルに塩の卵焼きを作ろうと思う。昆布出汁をちょっと入れてみても良いかもな。ちなみに砂糖は入れない派です。

 ボウルに卵を割り入れ、塩と昆布出汁を入れて混ぜる。菜箸がないので泡立て器を使うが、泡立たないよう注意しつつ混ぜて適度なところで止め、小さなフライパンに油を敷いて火にかけた。本当は四角いフライパンで作りたいけど、ないから丸で。わりきって和風味のオムレツにしても良いけど、なんとなく久しぶりに巻いてみたいので挑戦してみよう。卵液を適量フライパンに入れ、半熟くらいに固まったらフライ返しで手前に巻いていく。

 うおぉ・・・丸いフライパンだとちょっとやりにくい・・・。なんとか一番手前まで巻き終わると巻いた卵を奥まで寄せ、少し巻いた卵を浮かせて新たに卵液を入れる。卵液を入れて半熟になったら手前に向かって巻いて巻き終わったら奥へ寄せてまた卵液・・・という作業を繰り返す。卵液がなくなったところで卵焼きをフライパンからお皿へ移す。

 キュウリのぬか漬けと卵焼きの用意に使った調理器具を洗い終えたところで私は再びお米に向き合う。

 鍋をコンロに乗せ、火にかける。最初は十分で沸騰するように中火、沸騰したら弱火にして二十分、最後に火を止めて十分蒸らす。本当はお米を炊いてる間に卵焼きを作った方がそれぞれ出来立てを食べられるのはわかってるんだけど、何せ電気炊飯器に全幅の信頼を置いて主菜副菜作りに専念できる状態じゃないからね。お米を焦がすのも炊きあがったお米を冷ましてしまうのも嫌だから今回は浸漬の間におかずを作って落ち着いた気持ちでごはんを炊くことに集中したかったんです。


 「味付けは何もしないのか?」

 「そうよ。ぬか漬けと卵焼きが待っててくれてるからね」


 そわそわと鍋の様子を見ているとフィオが度々質問してくる。その質問に答えながら炊き上がりを待った。



 さて、もういいかな?

 私は逸る気持ちを抑えながらゆっくりと蓋を開けた。蓋で閉じ込められていた湯気がお米の香りとともにふわっとあふれる。湯気が散るとそこには白くてつやつやと粒だったごはんがあった。

 会いたかったよ白いごはんんんー!

 私は感動で涙が出そうになるのを堪えつつ、しゃもじがないので木べらでどうにかごはんを混ぜた。お茶碗もないので少し深めのお皿にごはんをよそう。


 「できましたー!さっそく食べましょう!」


 料理人が賄いを食べる用のテーブルにごはんとキュウリのぬか漬け、卵焼きを並べる。

 うん、なんて食欲そそられるビジュアルなんでしょう!

 私はウキウキしながら丸椅子に座り、手を合わせて「いただきます」と言ってからフォークを手に取った。フォークでぬか漬けとごはんってちょっとシュールだけどそんなのもうどうでもいい!

 私はほかほかのごはんを口いっぱいに頬張った。


 美っ味しいー!!!


 前世の有名なブランド米をプロが土鍋で炊き上げたお米と比べると味は劣るのかもしれないけど、今の私にとってはこの上なく美味しい。熱々ほこほこごはんは口の中でもわかるくらい一粒一粒ふっくらと粒だっていて、噛むともちもちとしていてお米特有の優しい甘みが口内を満たす。ごはんのおともをご用意したけど、そんなものなくたってごはんだけでいつまででも食べられてしまうくらいだ。

 人間、本当に美味しいものを食べると言葉が出なくなるんだな。

 ただひたすら幸せそうにごはんをもぐもぐしている私に倣い、フィオとジル料理長が白ごはんだけを口にした。そして二人とも小さく目を見開く。


 「何の味付けもしないなんてと思っていたけどうまい・・・!これ、米の甘みか」

 「リゾットとは全然違いますね。米一粒一粒の存在感がすごくてもちもちしていて・・・」


 そう、美味しいごはんはおかずなしでも十二分に美味しいんだよ二人とも。

 私は心の中でドヤ顔を決めつつ、「次はぜひキュウリのぬか漬けと卵焼きも一緒に食べてみてください」と勧める。もちろん私も食べる。

 キュウリのぬか漬けをポリっと噛むと途端に塩気とうまみがキュウリの風味とともに舌に乗る。そこへ素朴な甘みのほかほか白ごはんを合わせれば・・・なにこれもうほんと美っ味しい・・・!

 それから卵焼き。冷めちゃってるけど、それがまるでお弁当に入れて持ってきたみたいな感じで口当たりの優しい温度。噛む度に塩と昆布出汁の絡んだ卵の味があふれて舌がごはんを要求する。

 ぬか漬け、ごはん、卵焼き、ごはん・・・のループから抜け出せなくなったけどかまいませんむしろ本望です。


 「ぬか漬け、うまいけどそのままで食べるには少し塩辛いかと思っていたんだが・・・ごはんと食べると止まらないな」

 「このオムレツ、いつものものと違って味に深みが・・・これが出汁の力ということですか?」


 フィオとジル料理長の箸・・・ではなくフォークも止まらない様子だ。

 そうでしょうそうでしょう!ごはん美味しいでしょう!



 結局三合近く炊いたごはんは三人で完食してしまい、私はその日のお茶請けであるチョコレートケーキも夕食に出された真鯛のポワレもきっちり食べたおかげで食後しばらく椅子から動けませんでした。

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