最終的には素敵な誕生日でした
「それで?シトラス、何か言いたいことは?」
トマトの籠を運んでいた女性が何度もお父様と私に礼を言い、「これは肥料として役立たせます」と傍にいた若い男性が潰れたトマトを両手で包んで二人仲睦まじく去っていったところでお父様が笑顔を崩さず言った。
「ごめんなさい」
私は自分のしたことに後悔はしてないけれど、素直に謝った。いくらあのクズが不愉快だったとは言え、八歳の小娘が一人でずかずかとしゃしゃり出たのはいかがなものかと私も思うからね。
そんな私にお父様はため息をつき、頭をなでてくれた。
「騒ぎをなんとかしたかった気持ちも、シトラスが勇敢だったことも褒めるべきなんだろうけどね。心配はしたよ。ところで怪我などはしていないかい?」
「大丈夫です」
「そうか、それならよかった。フィオが一番に君を見つけて駆け付けたんだ。お礼を言わないとね」
そう言ってお父様がフィオへと顔を向ける。私もそれに倣いフィオを振り返ると、彼はあいかわらず無表情だったけれど、それでもどことなく不機嫌な色が見える。気のせいかな?
「・・・別に、たいしたことはしていません」
うん、気のせいではなかった。だって声がいつもよりワントーン低い。なんか『本当は感情のままに色々ぶちまけてやりたいけど我慢してます』というオーラをひしひしと感じる。
「フィオ、さっきはありがとう。心配かけてごめんね」
こわごわ礼と謝罪を述べるとフィオはじっと私を見て、それからため息をついた。
「・・・あんまり危なっかしいことしないでくれ」
「本当だよ。心配したんだからね?シトラス」
「ごめんなさいお義兄様」
フィオの言葉にリムが同意する。
う・・・思っていたより周りに心配させてしまったのだな。反省しかない。ごめんなさい。
私の服が汚れてしまったこともあり、今日のところはこれぐらいで帰ろうという話になった。正直もうちょっと色々見てみたかったけど仕方ない。
皆を心配させてしまった反省でしおしおとしていた私だが、帰りの馬車の中は来た時と同じように和やかな雰囲気だった。
「念願の市場はどうだった?シトラス」
「とっても楽しかったです!行きたかったお店にも行けましたし、他にも初めて見るものも多くて・・・」
お父様に問われて市場で見つけた食材や食べた揚げ菓子、見ていて飽きない色とりどりの雑貨などを思い出しながら話すとリムやジル料理長、フィオも相槌を打ってくれる。そうして屋敷に着く頃にはすっかり落ち込んでいた気持ちがなくなっていた。
お父様達の心遣いに感謝しつつ、『私って手のかかる子だな・・・』とまたちょっぴり反省した。
その夜の夕食は私の誕生日ということで普段よりもさらに豪勢だった。
「今年は市場へ連れていってもらうことがプレゼントだから他のものはいりません」と言ったのにお父様とお母様は淡いレモンイエローの素敵なワンピースを用意してくれていた。市場でもジャポニカ米や揚げ菓子を買ってもらったのに服までいただいちゃうなんて申し訳ない・・・。でもやっぱり嬉しい。
まぁ去年までに比べるとかなり控えめにしてくれてるけど。前世の記憶を思い出す前のシトラスちゃんは部屋にプレゼントが山積みでないと納得できなくてぎゃん泣きだったからね。ひくわ。
「シトラス、これ、僕から」
え、リムまで用意してくれたの?わーもらいすぎだよー。
戸惑いつつ礼を言いリムが差し出した包みを受け取って丁寧に包装を解いていくと、中からヒスイ国の食に関する本が一冊と透かし彫りが美しい木製のしおりが一つ入っていた。本を開いて目次を見ると、ヒスイ国で使われる食材の歴史や製造方法、調理方法などが載っているようだ。
私は目を輝かせた。なんって素晴らしい本なんだろう・・・!自家製味噌や醤油に挑戦しようとは思ったものの、知識があやふやなところもあって不安だったから正直ヒスイ国へ行くまで無理だと諦めていたんだけど、これで自分でも作れるものが見つけられるかもしれない!
「ありがとうございますお義兄様!すっごく嬉しいです!」
「喜んでもらえてよかった」
改めて感謝を伝えるとリムは嬉しそうに顔を綻ばせた。
実は今日市場で本屋に寄った際探して買ったのだという。全然気づかなかった。
最初は『つきまとってきてうざい義妹だ』と嫌われていると思ってたし、破滅フラグが立ったら嫌だから適度な距離を保たねばと考えてはいるけど、こうして妹として可愛がってもらえるのは幸せなことだな。
夕食を終えて部屋へ戻ろうとした時、厨房へ続く廊下の途中でフィオが立っているのを見つけた。フィオは私に気づくとこちらへと歩いてきた。
「今日注文した米、さっき届いたぞ」
「ほんと?やった!でもずいぶん早いのね。明日か明後日届くものだと思ってたわ」
「野菜とか仕入れる量多いから届くのに時間かかるんだけど、今回頼んだ米は大袋一つ分だけだからだな」
「そっか。嬉しいな。明日さっそく食べたいから厨房使いたい」
「わかった。ジル料理長に伝えとく。それと・・・」
フィオがおもむろに掌サイズの紙袋を私へと差し出す。何だろうとまじまじ見つめていると「受け取れよ」と言われたので礼を言って受け取った。中身を見ても良いか尋ねると静かに頷かれたのでリムからのプレゼントをベルに渡し、フィオからの紙袋を開けて中身を取り出す。
「綺麗・・・!」
中から出てきたのはとても美しいサファイアブルーのリボンだった。片方の端にはプリムローズイエローの糸で一輪のラナンキュラスが刺繍されている。前世の私は色や花の種類にまったく詳しくなかったが、さすがに令嬢で色や花の種類を全然知らないのはまずいらしく、家庭教師がいくつか教えてくれていたので刺繍されている糸の色がプリムローズイエローで花はラナンキュラスだとすぐにわかった。
「安物で悪いけど」
どうやらフィオからの誕生日プレゼントということらしい。フィオの言葉に私は首を横に振り、それからさっとポニーテールを作ってフィオからもらったリボンで留めた。
「どう?似合う?」
「まぁ、似合っては、いる」
私の質問にフィオがぎこちなく答える。まぁ地味顔シトラスだからこんな綺麗なリボンなんて豚に真珠よねー。調子に乗って訊いて「似合う」と言わせちゃってごめんなさい。
でもこれなら料理する時髪が邪魔にならないからありがたいな。本当に美しいリボンなので普段使いにはもったいない気もするけど、せっかくもらったものなら大切にしすぎて使わないより大事によく使っている方が良い気がする。
「ありがとう。大切に使うわ」
フィオはあいかわらず笑顔を浮かべないけれど、私の感謝の気持ちは伝わっているようで表情が和らいだ風に見えた。
それにしてもリムからもフィオからもこんな素敵なプレゼントをもらったのに、二人の誕生日は私ケーキ作っただけだわ。しかもジル料理長にかなり手伝ってもらって。
来年は絶対私もめっちゃいいプレゼント用意するね二人とも・・・!