いざ尋常に?勝負です
「お話途中失礼致します、ダグラス様」
騒ぎを遠巻きに見ていた人だかりから歩み出た私に空気がさらにどよめく。だがそんなこと知ったこっちゃないと言わんばかりに私は足を進め、ダグラス達の前で止まった。そしてにっこりと微笑みながらジャンパースカートの裾を摘まんで膝を少し折り、令嬢の挨拶をする。
「はじめまして、私はルベライト公爵家のシトラスと申します」
「お、おぉ・・・これはこれは。私はコーネルピン伯爵家のダグラスと申します」
「ダグラス様、お目にかかれて光栄です。あちらを歩いておりましたらコーネルピン伯爵家の方がいらっしゃると聞こえたものですから。ところでこちらで何をなさっていたのですか?」
私の質問にダグラスが嫌らしくニヤリとしたところを見るとどうやら私を自分の援護射撃に使おうとしているのだろう。いっそ清々しいほどクズの極みだ。
でもごめんなさいね。私性格が悪いから、貴方に恥をかかせに来たのよ。
「いやはや、こちらの娘がトマトを・・・」
「トマト?」
ダグラスの言葉が終わらないうちに私は意識を女性の足元にある籠へと向けた。そして艶やかなトマトの山に歓声を上げる。
「まぁ、なんて美味しそうで立派なトマトなのでしょう!さすがダグラス様、お目が高いですね」
私はもっと近くでトマトを見ようと歩み寄り、ダグラスが踏んで潰したトマトを心の中で誠心誠意「ごめんなさい!」と謝りながら踏んづけた。
その場にいた全員が唖然としたのが空気でわかる。
私って意外に空気読む力はあったんだな。『あえて空気を読まない行動』をするのって結構疲れるわ。
私は踏んで初めてそこにトマトが落ちていたと気づいたかのように恐る恐る足元を見やり、慌てて顔を上げた。
「ごめんなさい!気づかなかったとは言え、せっかくのトマトを踏んでしまって・・・弁償します!」
私が女性に向かって頭を下げると女性はさらに青褪めながら首を横に振った。
「そ、そんな、滅相もない・・・それより、シトラス様のお召し物が・・・・・」
「私の服?ですか?」
女性に言われて改めて足元に目をやるとネイビーのストラップシューズにはもちろん、白タイツにまで真っ赤な果汁が染みている。
私は再び女性に向き直ると、真剣な顔で言ってのけた。
「私の服など、洗えば済む話です。でも踏んでしまったトマトはもう食べられません・・・・・本当にごめんなさい。必ず弁償します」
それから私は後ろに立つダグラスの靴を見て、驚いたように目を見開いてからダグラスにも頭を下げた。
「もしかして私が踏んだ拍子にダグラス様のお召し物まで・・・?申し訳ありません!」
「いや、これは・・・・・」
ダグラスは一瞬たじろいだが、すぐに私の行動の意図を見破ったらしい。顔が怒りでみるみる歪んでいく。
「この私に恥をかかせにきたのか・・・!?」
あらやだ意外と察しが良いのね。まぁ私の行動もずいぶんわざとらしかったか。反省。
私は下げた頭を上げながらダグラスを見据えた。ダグラスの手が私に伸びる。
そんな時だった。私を背に庇うように誰かがダグラスと私の間に立った。
「シトラスに触るな」
耳に届いた声、太陽光に茶色く透けた黒い髪。その持ち主の名を私は口にする。
「・・・フィオ?」
「・・・っ、誰だおまえは?この私にそのような口を利いて許されると思っているのか!?」
「シトラス?」
ダグラスが激昂して叫んだところで別の声が入ってくる。見るとこちらへ向かってくるお父様の姿があった。
「どうしたんだい?こんなところで何を・・・」
「お父様、申し訳ありません。私がトマトを踏んでしまって・・・・・」
私がそう言うと、お父様はダグラス、潰れたトマト、青褪めている女性と傍に立つ男性に一通り視線を移し、状況を全て把握したようだ。女性に向かって小さく頭を下げる。
「娘が商品を踏んでしまって申し訳ない。弁償しよう。いくらかな?」
女性が頭と両手を左右に振って「弁償なんてとんでもないです!」と言う姿に苦笑しつつ、お父様はダグラスの方へ振り返る。
「おや、貴方はたしかザック・アンバー侯爵の執事・・・」
「ダ・・・ダグラス・コーネルピンと申します」
ダグラスは行き場のなくなった怒りを燻ぶらせているようだったが、公爵であるお父様相手ではさすがにおとなしくせざるを得ない。
「そうか。貴方の服まで汚してしまったのだな。娘が申し訳ないことをした。そちらの服も弁償しよう」
お父様は懐から小切手と万年筆を取り出し、金額とサインをさらさらと書いて申し訳なさそうな顔でダグラスに差し出した。
「足りると良いが」
騒ぎを遠巻きに見ている人達から私やお父様の言動を見て感心している声が聞こえた。同時にダグラスを軽蔑しているような雰囲気を醸し出している。
違うんですよ皆様。本当にデキた大人ならきっともっと穏便に収められます。私の行動は殊勝なようでいて『こんな子供でも許せるような些細なことを良い歳して騒ぎ立てて恥ずかしいのはおまえだぞ』と周囲に知らしめただけなんですーちょっとこらしめてやりたかったんですー。
お父様、付き合わせてごめんなさいね。
ここまできてとうとう周囲からの冷たい視線に耐えきれなくなったのか、ダグラスはお父様の小切手を消え入りそうな声で丁重に断ると逃げるように去っていった。
「ちょっと詰めが甘いが、なかなかの度胸と手腕だな」
「面白い。ぜひ今度会ってゆっくり話してみたいな」
騒ぎが収まって散っていく人だかりの中で、目深にキャスケット帽子を被った二人の少年がシトラスを見て微笑っている。
帽子の下から覗くプラチナブロンドの髪とアッシュグレーの髪がそれぞれ太陽の光を受けて煌めいていた。