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悪役令嬢は和食をご所望です  作者: 朝日奈 侑
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アップルパイをいただきました

 めっちゃ眠い。

 ヒスイ国の本を読んだ私はこの世界での和食作りに希望を見出せた興奮が冷めやらず、昨日の夜なかなか寝付けなかったのだ。眠すぎて目がしぱしぱする。瞼が重くて全開できない。ただでさえぱっちりおめめじゃないのに・・・傍から見たらきっとこけしみたいな目になってるんだろうな。


 私はあくびを噛み殺しながらティールームに入った。

 いつもの席に腰かけるとすぐにお父様達も部屋へ入ってきたので、ベル達がお茶をカップに注ぎ始める。紅茶の良い香りが少しだけ眠気を和らげてくれた。

 

 ベルがお茶請けの乗っているらしい大皿をテーブルの真ん中に置く。『あれ?いつもなら小さなお皿に分けてそれぞれの前に置かれるのに珍しいな』と思ったところで私は目を見張った。


「すごい、綺麗・・・!」


 大皿の上に乗っていたのはアップルパイだったが、いつものように表面がパイ生地で網目のようになっているものではなく、紅い皮をつけたまま薄く切ったリンゴを幾重にも並べて薔薇のような大輪の花を描いたものだった。表面をハチミツでコーティングしているのか、キラキラと輝いている。


 「これは美しいな」

 「本当に、とても綺麗ですわ」

 「食べるのがもったいないくらいですね」


 お父様達も口々に感嘆の声を上げる。

 しばらく目で楽しんだ後、名残惜しまれつつも綺麗に切り分けられたアップルパイを食べるとリンゴの爽やかな果汁が口いっぱいに広がった。どうやらリンゴを煮ずに生のまま焼き上げたようだ。リンゴの下にあるスポンジ生地がリンゴの果汁とあいまってカスタードクリームのように柔らかくなっている部分とスポンジ生地らしいふわふわしている部分とで二種類の食感を楽しめる。アーモンドプードルが練り込まれているのかとても濃厚な味わいだが、全然くどくない。パイ生地もバターの芳醇な香りとサクサクの歯ごたえがたまらない。


 「美味しい・・・!」

 「本当だね。いつものアップルパイもすごく美味しいが、今日のも素晴らしい」


 思わず零れた私の言葉にお父様が同意してくれた。お母様もリムも同じ感想を抱いているのが顔を見るとわかる。

 

 アップルパイ二口目を頬張った私はふと考えた。なんだかこのアップルパイはいつもと作り方が違うだけではない気がする。作り手自体も違うような・・・もしかして―――――。

 私の中である答えが出たが、そこでは口に出さず、アップルパイ三口目をフォークに乗せた。



 お茶の時間が終わると私はまっすぐ厨房へ向かった。厨房の扉をおそるおそる開ける。今ならまだ夕食の準備に入る前で落ち着いた時間のはずだが念のためだ。

 厨房の中を見ると料理人達が丸椅子に腰かけながらお茶を飲んで休憩していた。扉から覗く私に気がつくと皆が慌てて立ち上がる。


 「休憩の邪魔してごめんなさい!気にしないで座って休憩続けてください。ちょっとフィオに用事があって来ただけなので・・・」


 私があわあわと謝罪し、料理人達に座るよう促していると後ろから声をかけられた。


 「俺ならここにいるけど」


 振り返るとカップを片手にフィオが立っていた。顔色がすっかり元通りになっている。


 「よかった。風邪治ったのね」

 「おかげさまで」

 「油断してぶり返してもいけないからあんまり無理はしないでね。ところで聞きたいことがあって・・・」


 料理人達の休憩の邪魔にならないよう厨房の端に移動しながら私は疑問に思っていたことを尋ねた。


 「今日のお茶請けのアップルパイ、もしかしてフィオが作ったの?」


 私の質問にフィオが愕然とした。


 「なんで・・・?」

 「んーなんとなく?ふだんの食事で食べているものの味付けよりフィオが練習で作っているものの味付けに似てたというか近かったというか・・・」


 一口食べただけで使われている材料や調味料を全て言い当てるような舌を持っているわけではないが、本当になんとなくそう感じたのだ。


 「違ったかしら?それならごめんなさい」


 そう付け加えた私にフィオはばつが悪そうな顔をしながらふいっと視線を外した。


 「・・・ジル料理長に頼んで作らせてもらったんだ」

 「やっぱり?本当にすっごく美味しかったわ!それに見た目もとっても綺麗で、食べちゃうのがもったいなかったくらい。お父様達も感動していたわ。いつの間にあんな素敵なものを作れるようになってたの?」

 「・・・・・礼に、なったか?」

 「え?」


 アップルパイの感想を嬉々として伝えるとフィオがポツリと呟いた。逸らしていた視線を私に戻すとフィオは続ける。


 「リゾットの礼に、作りたかったんだよ」


 予期せぬ言葉に一瞬ぽかんとしてしまったが、言葉の意味がじわりじわりと喜びを心に沁み込ませていくのを感じ、私は思わず破顔した。


 「もちろん!すっごく嬉しいわ!」


 それから私は『俺もシトラスみたいな料理を作れるようになりたいな』と言ってもらえたことも嬉しかったと伝えるとフィオは再び決まりが悪そうにしながら「・・・どうも」とだけ答えた。

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