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通された応接室で、扉の脇に立つカイナルを横目にお茶を頂戴しながら。
(制帽、やめたのね)
間違いなくルミエフのせいだろうと、先日の出来事を回想する。
しかし、ルミエフが指で示した右側頭部はちゃんと艶やかな黒髪に覆われていて、ハゲの存在など教えられても分からない。
(兄さんも、言わなきゃいいのに)
そうすれば、カイナルの体裁は守られた。
(でも結局は、制帽を被り続ける変人ってことになるわよね)
どちらを選んでも結末に大差はなく、不毛な想像に飽きてしまった。
「すまない、待たせたか」
そこに、会議の合間だというルミエフが現れ、迷いなくシュリアの正面に腰を下ろすと早々に、ミルデハルト伯爵邸はどうかと尋ねた。
「よく教えてくださいますから、大丈夫です」
「そうか、無理はするな」
ルミエフが頷くと、話を聞くともなく扉を守っていたカイナルも表情を緩めた。
「ところで、ライザフに何を頼まれた」
あっさり話題を変えたルミエフの目つきは険しい。
(それが知りたかったのね)
ライザフの頼みが当然に非常識で、どう叱責するか考えている様子が見て取れる。
「白手袋の洗濯です。綺麗になったから、ライザフ兄さんに渡して欲しいの」
言いながら包みを差し出すと、受け取ったルミエフは遠慮なく中身を取り出した。
「ほう、これをお前に。なるほど。私から渡しておこう」
出てきたのが再・白手袋でも、妹を頼みに管理の悪さを隠そうとしたライザフの企みはお見通しだ。
「わざわざすまなかったな」
用は済んだと腰を上げたルミエフが、当然のようにカイナルを呼ぶ。
「私は会議に戻るが、お前はシュリアを送ってやってくれ。ではシュリア、また」
(うん? 送って?)
あまりに早い展開に、言い残された言葉を理解しようとしているところへ。
「シュリアさん、ご自宅までお送りします」
上官の指示を受けたカイナルが、礼をするように目を伏せた。
(頼まれ事を届けに来ただけの平民が、騎士様に送ってもらう?)
しかも、その騎士はお貴族様。
慌てて立ち上がり、滅相もないと辞退する。
「道は分かりますし、まだ昼間ですし、大丈夫ですから!」
だがカイナルも、頑として譲らない。
「建国五百年祭を前にして、人が集まればどうしても治安は悪化します。窃盗や小競り合いは日々増えていますから、あなたを一人で帰すのは副隊長もご不安なのでしょう」
言いながら、戸口へと誘う流れるような所作が美しい。
それに比べ。
(私なんて、ライザフ兄さんよりはましだけど、所詮、その程度よね)
漂う気品に当てられたのか、カイナルと比較しようなんて身のほど知らずな真似をしてしまった。
「どこか寄りたい場所はありますか? お付き合いしますよ」
遠慮なく言ってくださいと、煩悶を知る由もないカイナルが重ねて誘う。
これを断り切れないのは、ザファル支部に案内された時点で実証済みなのだ。