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 サリエル夫人の案内で、最終的に行き着いたのは洗濯室だった。

 本当に頼みたい仕事は別にあるが、説明する時間も準備も整っていないのでしばらく助っ人を頼むと言われ、広い洗濯室の扉をくぐる。

 そこには、髪に白いものが混ざり始めた妙齢のメイドが二人。彼女たちは、世間話に口を動かし、それ以上に手を動かして大量の布と格闘している。

(二人でどうにかなる量なの?)

 普段は伯爵夫妻しか住んでおらず、来客も少ない静かな屋敷だから、洗濯メイドも二人で十分なのだそうだ。

「あの、シュリアと申します! よろしくお願いします!」

「エドルフの妹だね! 教会で勉強教えてるんだろ? そんな人にこんな仕事を悪いねえ」

 教師だろうが洗濯メイドだろうが、誰かに必要とされる立派な仕事だ。悪いねと言われても違いが理解できないシュリアは、笑顔を崩さず二人を見た。

「何をさせてもらったら良いでしょうか?」

 おいでおいでと手招かれて、火のしを手にしたメイドに歩み寄る。

「これは、寝台の敷布ですか?」

「そうだよ。この時期はね、お屋敷中の敷布やら掛布を全部洗ってお客様に備えるのさ。あんたは、熱が取れた分からきれいに畳んでおくれ。そこにあたしが畳んだのがあるから参考にね」

「手先は器用な方なので任せてください」

「そりゃ頼もしい!」

 言い切った後で、先輩メイドに気付かれないように安堵の息をつく。

 火のしを当てろと言われたら大問題だった。



 通いのメイドは、ザファルに響く夕刻の鐘と同時に仕事が終わる。

 疲労を背負った新人のシュリアも、私服に着替えて使用人部屋を出た。帰りは一人だ。エドルフの勤務時間は不規則で、シュリアと重なることは稀だろうと本人が言っていた。

 屋敷を出ると、通用口のすぐ脇に人待ち顔の男がいる。

「やあ、リーリアの妹って君だよね」

「そうですけど…」

(待ち伏せ?)

 目当ての人物を捕まえて満足そうな男は、シュリアを上から下まで不躾に眺め、しばし黙った。

(どうせ、美人の姉さんとは似ても似つかないと思ってるんでしょ)

 リーリアの容姿がずば抜けて整っているのは事実だが、良い気分ではない。

(わざわざ見に来たのかしら、この人)

 仕返しのように観察しても、黒目黒髪、高くも低くも太くも細くもない体、焼けた肌。労働階級の平民と言えばこれ、というような男である。

 放置して通り過ぎようとしたところで、男がやっと口を開いた。

「待って待って! 俺はドービス、馬番やってんの!」

 だから何だと、言い返す気力もなくて幸いである。

「初日で疲れただろ? 家が遠いんだから、早く帰ってゆっくり休めよ」

 家の場所を知られていることに驚くが、エドルフと親しいのかもしれないと好意的に思い直したにもかかわらず。

「困ったことがあったらいつでも頼ってくれよ! 力になるからさ!」

 自分の胸を強く叩いて向けられた満面の笑みに。

(自分で言う人間ほど、信用ならない存在はないのよね)

 子供の頃から何度も見てきた光景が頭をよぎって、シュリアは無言で通り過ぎた。



 週に一度の休日。

 寝台でごろごろしていたい気分を我慢して、市街地の中心部にそびえる騎士団のザファル支部までやって来た。

 正面玄関脇の小窓から面会を申し込み、待たされること数分。

 手にした包みの中は、ライザフから託された白手袋だ。建国五百年祭までに何とかしてくれと、夕刻まで遊び歩いていたあの日のライザフに頼まれたもの。

 騎士団の制服などは官費で洗濯に出すのだが、黒い斑点が大量に浮かび、派手に変色した元・白手袋は、さすがのライザフも内緒にしたかったと見える。

 シュリアの特技は薬草術だ。と言っても大袈裟なものではなく、風邪や腹下しの際にちょこっと活躍する程度の知識だが、擦り傷が絶えなかったライザフは誰よりも世話になることが多かった。

 そして、薬草を組み合わせれば、普通に洗っただけでは落ちない特殊な汚れが落とせることも実体験で知っていた。

 ご期待どおり、何とか見られる状態に戻った再・白手袋である。

(誰か預かってくれたら、それで済むんだけど)

 騎士団の正面玄関は物々しく、若い女性が一人で立つには勇気がいる。

 やっと動きがあったのは、預かって欲しいと再び小窓の向こうへ言いかけた頃。

 見覚えのある男がシュリアを呼んだ。

「シュリアさん、お待たせしてすみません」

 何と、カイナル=ザックハルトである。

 ライザフの所属は第三隊。カイナルは第一隊ではなかったか。

「ライザフ先輩は市中警備に出ていらっしゃいまして、代わりに私が。中で副隊長がお待ちです」

「え、ルミエフ兄さんが?」

「さあ、どうぞ中へ」

 付いて来ると信じて疑わないカイナルに、帰りたいと言うこともできず。

 一般市民には敷居の高い騎士団の内部へと、渋々足を踏み入れた。

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