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 短い言葉が全身を巡って、緩やかに形を為していく。

 文句を訴えようと上げた腕もそのままに、毒気を抜かれたシュリアは立ち尽くした。

(好き、ですって?)

 そう、好きだからと。

 カイナル=ザックハルトは、シュリアに向けて言ったのだ。

「やめて!」

 真っ赤に染まった顔をして、からかわないでと胸を押す。

 眉を吊り上げて睨みつけても、カイナルの笑みは深まるばかりだ。

「あなたといると、いつも自分の姿勢を問われているような気がします。その度に、私は私で良いのだと何度も救われました。これが「闇の光」の罠であれば、「歴の書」でも何でもとっくに差し出したことでしょう」

 不謹慎な比喩を持ち出したのは、色恋沙汰に疎いシュリアでも分かるように。

(カイナル様は…本気なの?)

 年下ならざる子細に渡った配慮のおかげで、生き返ったばかりの乙女心が早鐘を打つ。

「どう言葉を尽くせば信じて貰えますか」

(どう言葉を尽くされても…)

 昨日のどさくさで忘れていたが、確かにカイナルは言っていた。

 親しくなりたいと言ったのは、今となってはそのままの意味だと。

「ね、落ち着いてよく考えて?」

 現実的ではないとか、一度は諦めた想いだとか闇雲に理由を並び立てるシュリアを、言い終わるまで見守っていたカイナルは。

「一度はということは、少なからず好意を持ってくださったということですね」

 引き下がるどころか、嬉しそうに口元を綻ばせた。

「呪いは既に発動しました。そんな私が、あなたに恋い焦がれる以外の道を選ぶとでも?」

 カイナルにとっては確固たる未来だ。

「あなたと交わした約束は、全て私が果たします」

 愛を告げられているのか、ただただ巻き込まれているのか。

 意識しなければ気が飛んで行く。

 かつて夢見たのは、鳥籠にいながら羽をもがれた小鳥のように、頷く以外の術を絶たれた結婚の申し込みではない。

(何なのよこの人!)

 少なくとも、ルミエフに連れてこられた帽子野郎はこんな風に笑う人ではなかった。

 これも呪いの影響だろうか。

(そもそも、いきなり求婚っておかしいでしょ!)

 親が決めた結婚の約束もなければ、将来を誓い合った恋人同士でもない。

 まして、二人を隔てる身分の差。

(…でも、身分の問題は、気にするなとおっしゃった)

 言ったからには、制止を力業で振り切ってでも解決するのがこの男だ。

(…約束も、全て果たすとか、おっしゃったわよね)

 全て?

 石畳を見に行く以外に、何かあっただろうか。

 それは、今の自分が交わした約束なのだろうか。

(いいえ、違うわ)

 昔の自分とやらだ。必ず会いに行くとか聞こえた気がする。

(そうじゃなくて、カイナル様は…)

 その先にある、と言ったのだ。

 浮き足立った胸の内、ふいに緊迫感が舞い戻る。

 考えてみれば。

 カイナルは不屈の精神を継ぐ男。数百年にも渡ってただ一人を求め続ける純粋で真っ直ぐな魂に、僅か二十数年の経験則で太刀打ちできる訳がない。

 それに、だ。

 始祖に愛された女性が、同じように愛を返していた保証はどこにある。

 最愛の人と聞けば、愛し愛されて固い絆で結ばれた二人を想像する。悲劇とはそういうもの。だからシュリアも、恋人だろうかと漠然と思っていた。

(私が好きになったのも運命かしら…とか、思ったりもしたけれど)

 もう一人の主役であるにもかかわらず、約束どころか何一つ覚えていない。

(何が真実か、分からないのよ)

 気付いてしまった可能性に背筋が凍った。

 愛に同意がなかったら?

 始祖だけが募らせた「最愛の人」だったら?

(…悲劇、悲劇よ!)

 一気に混乱状態に陥ったシュリアは、いてもたってもいられず目の前の上着に縋り付いた。

「約束って何ですか! 私、何を約束したの!」

 襟を掴んで震える手を取って、ことさら穏やかにカイナルは言う。

「私の妻になってください」

「ねえ、約束って!」

「シュリアさん」

 視線を絡めて、動きを封じて。

 奥底まで、一言一句届くように。

「私の妻に、なってください」


 言い訳の言葉も尽きたシュリアが、お付き合いからでお願いしますと折れるのは時間の問題だった。

読んでくださった方、ブクマまでしてくださった方、誤字報告してくださった方も本当にありがとうございました。

わざわざお時間を割いてくださった皆様に、この場をお借りして感謝を!

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