表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/50

35

「あお…!」

 零れた言葉は半分も音にならず。

(え、何?)

 前触れもなく、口付けが強引に飲み込んだ。

(どういうこと!)

 逃げ道は書棚に塞がれている。その上、顔も体もがっちり押さえ込まれ、気付けば身動きひとつ取れない。

 抵抗すればするほど、拘束は強くなる。

 引き剥がそうと爪を立てた指は、自分よりずっと大きな掌に攫われてしまった。

 今、私は。

 こんな場所で何をされている?

(私には、弁えた態度を崩さないって…)

 そんなこと、よくも思えたものだ。

 奪うだけの唇は、言葉を封じた後も角度を変え、何度も何度もシュリアを責める。

 見開いたままの目に映るのは、ちらちらと揺れる青い色。

 これを隠したかったのか。

 腑に落ちたのを最後に、まともな思考は吹き飛んだ。

 心なんて、跡形もない。

(カイナル様…)

 やがて。

 唾液に濡れた肌が空気に触れて、拷問の終わりを知る。

「親しくなりたいと言ったのは、言葉どおりの意味だと申し上げたでしょう」

 青い瞳は魔力の証。

 隠したかったものは、世界を巻き込む争乱の種。

(こんなことをしなくても、喋ったりなんてしない…)

 力の抜けた腕で広い胸板を押すと、意外にも簡単に解放された。

 溢れた生理的な涙を、男の指が拭う。

 何故泣くのか分からないと、言わんばかりに丁寧に。

「あなたは、私だけに守られていれば良い」

 正気と狂気の狭間。

 青い瞳に熱情を宿した男は、譫言のように呪いを吐いて。

 両腕で自分を庇うシュリアをもう一度捕らえると、容赦なく唇を貪った。

「あなたは、私のものだ」

 深い口付けの後。

 膝から崩れ落ちる細い体を抱き留めたカイナルは、シュリアが見たこともない、男の顔をしていた。



 午前に一度、午後に一度。料理長特製の菓子が振る舞われる休憩時間は、甘味に縁がなかったシュリアにとって何よりの楽しみである。

 しかし今日ばかりは、投げっ放しの置物のようにソファに身を沈めたまま。

 正面に置いた女神像は、あらぬ方向へ慈愛の微笑を向けたきり、放心するシュリアに手を差し伸べることもない。

(何が起こったのかしら…)

 確か、最終的には、立っていられなかったはず。

 ここまで連れてきたのは、好き放題やらかしておきながら涼しい顔で肩を抱き、書庫から出るなとしつこく言い含めて去ったカイナルである。

(本当に、何だったの?)

 おじいさんと同じおまじない、青い瞳、生々しい口付け、最後の脅迫。

 いくつもの出来事が瞬いては消える。

 ただ一つ、今のシュリアに分かることは。

(こうすれば、秘密が漏れないとでも思ったのかしら)

 あれほどの恥辱だ。誰だって一切の口を噤むだろう。迂闊に喋ろうものなら傷物と呼ばわれるのが目に見えている。

 女性が独りで生きるには厳しい社会で、未婚女性を黙らせるには最適な手段だ。

(そうでもしなきゃ守れないと、思われたのね…)

 信用されていれば。

 問答無用で口付けておきながら、理由を問うことも許さず置き去りにするなんて、ひどい扱いはされなかった。

(とんだ思い違いを…)

 あの約束は。

 シュリアを認めてくれた証だと思っていた。

(私は、疑いもしなくて)

 毎日顔を合わせ、言葉を交わして繋いだ縁だ。いつの間にか、境界線を忘れるくらい近くに感じていたのだ。

(得られた信頼なんて、なかったのに)

 身分差とは、そこまで頑なに人を区別するものなのか。 

 それとも、自分に欠陥があるのか。

 重ねた日々が急速に色褪せる。

(馬鹿みたい)

 止まっていた涙が零れ落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ