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 ミルデハルト伯爵邸の談話室に入るや否や。

「君があの娘の兄かね?」

 威丈高に言うと、王太子近衛隊の俺様貴族は鼻で笑った。

 ミルデハルト伯爵が微笑を深め、ルミエフの目が据わる。

 涼しい顔のエドルフは、見るからに年下の相手へと丁寧に頭を下げた。



 円卓を囲むように、騎士団から召集されたルミエフ、グレイド、カイナルの三人と屋敷の主が座っている。

 同じように声がかかったルミエフの上官は、外せない任務とやらをでっち上げて欠席だ。

 そして、一般人でありながら名指しで呼びつけられたエドルフは、雇い主に着座を促されても壁際に佇んだままだった。

 自ら指定した時刻をとうに過ぎて。

 相変わらず色彩感覚を疑うような上下をまとい、俺様貴族はようやく現れた。上座に置かれた椅子に腰を下ろすと、足を組んで一同を睥睨する。

 王太子近衛隊と言えば選ばれし精鋭部隊。

 しかし、王太子本人はその看板を良しとせず、自ら人材集めに乗り出した。

 曰く、系統が偏ると視野が狭まるのだとか。

 結果、この場の誰よりも横柄にふんぞり返る負の逸材までも、堂々と近衛隊に名を連ねる始末である。

「伯爵には、ご機嫌麗しく」

 遥か格上の伯爵にも、軽く視線を投げて終わりだ。三人の騎士に向ける顔には、お得意の嘘臭い愛想笑いすらない。

「予定が詰まっているので手短に済まそう。君たちも知ってのとおり、先日、我ら近衛隊が例の書をお預かりした。しかしその後、賊と思われるような反応はない」

 それは、時間も手間も無駄と、シュリアが切って捨てた件だ。

 近衛隊が大仰な隊列を組んだにもかかわらず狙った反応が見られなかったことは、この男の自尊心を刺激した。

 しかし、屋敷に内通者がいたとしても勢いすぐ隊列を襲いはしないし、王城に持ち込まれたものをこの短期間でどうこうしようとは、さすがに考えないだろう。

 これが外部犯ならば尚のこと。

 そもそも、近衛隊が持ち去ったと知っているのか。大々的な宣伝もなく王太子近辺が襲われるなら、自分たちこそ内通者を疑え。

 もはや聞く気も萎えた面々は、この男の面倒を体よく押し付けられた気さえして、悪態混じりの指摘と共に近衛隊の上官を胸で詰る。

 目を閉じたルミエフなど、居眠りでもしていそうだ。

「ということは、賊は、この屋敷に例の書があると信じているに違いない!」

 高々とした宣言にも、賛同する者はいない。

 にわか仕立ての古書を引き渡したミルデハルト伯爵だけが、それは大変だと呟いてわざとらしく顔をしかめた。

 書をすり替えた事実は、書庫に居合わせた三人だけの秘密である。

「賊が次に行動を起こすのはいつか? それはもう、建国五百年祭の日しかない!」

「ぶふぅっ、うっ、ごほごほ…」

 突然吹き出したグレイドが、顔半分を覆って顔を背けた。

「失礼、続けてください。夏風邪でも引いたかな」

 単に笑いを堪えているのは、身内の目には明らかだったが。

 水を差された俺様貴族は、意外にも軽く睨んだだけで気を取り直すと。

「ということで、盛大な祝祭に紛れて伯爵邸は再び襲われる。しかしそのような日に、我ら王太子近衛隊に賊の相手をする暇はない。よって、賊の対応は君たちに任せよう」

 大仰な身振り手振りもわざとらしく、何が楽しいのか満面の笑みを浮かべ、手前勝手な命令を下した。

「書庫の隣が伯爵の書斎でしたな? ならば書斎に待機して、必ず生け捕りにしろ!」

 威勢の良い声が途絶えた室内は、深夜の墓場よりも静まり返った。

 まさかこの男、捕獲対象を猫か鼠と間違えてはいやしないかと、沈黙が語る。

 その沈黙を了承と取ってさっさと段取りを整えると、眇めた目をエドルフに移した。

「そこの使用人も分かったな? お前は、書斎に詰める騎士との連絡役だ。不審な動きをする使用人にも注意しろ」

 少しばかり事情を聞かされているせいで、内部の協力者として白羽の矢を立てられたエドルフである。

 そこに拒否権はない。

 良くも悪くも表情を変えないエドルフを、平民の手を借りるのは不本意だと俺様貴族が睨み付けている。

 理不尽な仕打ちを見て、いつもの穏やかな口調のミルデハルト伯爵が話を引き取った。

「再び賊が現れるとは恐ろしい話だが、近衛隊の皆様がお力を貸してくださるなら、何も心配はいらないな」

 心のない誉め言葉が、つらつらと口をつく。

「ところで、ここにシュリアを呼ばなかったのは、綿密に練られた計画のうちですかな? 私のような門外漢には、彼女も立派な当事者のように思えるのだがね」

「は? 誰です?」

 思いもしない反応に、言葉を失ったことは言うまでもない。

「なるほど、その空いた椅子はあの娘のためでしたか!」

 平民の名前など覚えてもいないと、大きな口で俺様貴族は笑った。

 ちなみに、ミルデハルト伯爵の隣の空席は、エドルフのために用意されたものだ。

「伯爵も意地の悪いことを。こんな恐ろしい話、か弱い平民の娘には酷でしょう」

 実の兄が二人も聞いているこの状況で、それを知っているはずの男は。

「怯えて、挙動不審にでもなられたら困りますよ。せっかくの囮が台無しだ」

 敵を欺くには味方からですよと、味方とは全く思っていない顔でうそぶくと、最後まで自信過剰に喋り続けた。

「荒事は騎士団の十八番だろう。繰り返すが、生かしたまま賊を引き渡しさえすればそれで良い。事は、君たちが思う以上に重大かつ深刻なのだよ」

 颯爽と席を立った俺様貴族を、見送る眼差しはあまりにも険しい。

 室内に残された苦々しさは、長く彼らの言葉を封じていた。

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