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「あの貴族、制帽やめてなかったの?」

 朝が早いパン屋は店じまいも早い。

 客を呼び込む看板を下げると、両親は翌日の仕込みにかかり、役目を終えたリーリアは家族の夕食を作る。

 シュリアが帰宅すると、厨房兼食堂兼居間で鍋をかき混ぜる姉の姿があった。

 何やら今日は、雰囲気が険しい。

 上半身だけ振り向いて、自慢の美しい顔を歪めている理由は何だろうか。

「そうみたいだけど、どうして?」

「あんた、感覚おかしいんじゃない? あんな時代遅れの制帽、好んで被るなんてただの変人でしょ」

 唾棄するような激しい口調に、食器棚へ伸ばしかけた腕が止まる。

 制帽で隠していた繊細な事情をリーリアは知らない。だから、変人と酷評されるのも分からないではない。

 しかし、何故か、聞き流せなかった。

「そんな言い方しなくてもいいじゃない」

「はあ? 二回も危ない目に遭わされて、そこで奴の肩を持つってどういう思考回路なの」

 遭遇した危機はカイナルのせいではなく、むしろ恩人なのだと何度説明したところで、リーリアの解釈は揺らがなかった。

「負わなくていい怪我を負わされたのは誰のせいよ」

「少なくとも、カイナル様のせいじゃないわ」

「相変わらずぼんやりしてるのね。子供の頃から何も変わってないったら!」

 声を荒げたリーリアは、体ごと対峙すると、顎を反らして腕を組んだ。

 美人は何をしても様になる。

 しかし、美人を見慣れた妹は、次の話題を予想して重い溜め息をついた。

「迷子のくせに、気色悪いじいさんと仲良く喋ってるなんて、どれだけ心配したと思ってんのよ!」

(またこの話ですか…)

 必ず持ち出されるのは、ライザフとリーリアに連行された市場の祭りで、幼いシュリアが引き起こしてしまった騒動のことだ。

 繰り返し話題にされるものだから、僅か二歳か三歳頃の記憶まではっきり覚えている。

 まるで一切の非がシュリアにあるように聞こえるが、親の目を盗んで連れ出したのは兄と姉。幼子には負担が過ぎて、休憩していただけで迷子になったつもりもない。当然、後からこってり絞られたのもシュリアではない。

(それに、あのおじいさんは、気色悪くなんてなかった)

 記憶にあるのは、優しいおじいさんだ。

 今日のように暑い夏の日、目深に被った帽子の下、たくさんの皺に埋もれた優しい目を細めて、隣に座ったシュリアへ水筒を差し出してくれたのだ。

 シュリアの要領を得ない話も、途中で急かしたりせず最後まで付き合ってくれた。

 祝福のおまじないだと言いながら、耳慣れない言葉と共に額や頬に触れられたときは驚いたが、教会のやり方と全く違うそれさえも、小さなシュリアをひどく安心させた。

 今思えば。

 あの祈りは、魔術だったのかもしれない。

 指を動かすおじいさんをじっと見ていたが、皺の隙間から洩れた瞳の色は黒でも茶でもなかった。

「ちょっと、聞いてるの?」

 シュリアにとって大切な思い出も、リーリアには最悪な出来事でしかない。

 反論するのも億劫になるほど聞かされた話は、あくまでリーリアの主観だ。

 両親は、四人目にしてやっと授かった待望の女の子をとにかく甘やかした。長ずるにつれ、美しい容姿を周囲の人間が散々誉めそやした。

 その結果形成されたリーリアの性格上、何を言っても無駄なことは熟知している。

 諦めたシュリアは、厨房兼食堂兼居間の出口へ足を向ける。

「最後まで聞きなさいよ!」

「大声を出したら、外に聞こえるわよ?」

 外面をとにかく大事にするリーリアは、その一言で押し黙った。

「姉さんが貴族を良く思っていないのは分かるけど、カイナル様を知りもせず悪く言うのはどうかしら」

「何ですって!」

 従順で大人しい妹に拒絶された姉は、何が悪いのかも分からず立ち尽くしたのだった。

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