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 気が静まらないまま午後を迎えた。

 広々とした応接室には、長い歴史を物語る飴色の調度品と、舶来品やら古美術品やらが喧嘩しない程度に飾られている。

 模様替えの采配は女主人の腕の見せ所。

 しかし、連日の暑さと社交疲れがたたった伯爵夫人は、今回ばかりは古参の侍女に任せて休養中である。

 シュリアはと言うと、慣れた様子で検討する侍女の後ろ、手持ち無沙汰に佇んでいた。

(私、何で呼ばれたのかしら)

 社交シーズンの後半戦に向けた模様替えに、シュリアの出番などどこにもない。そもそも出せる意見がなければ、尋ねられることもなかった。

 呼ばれた理由に悩む前に、できる事を探そう。

 気持ちは、そう思っていたのだが。

(絵の色が変わるなんておかしいでしょ…)

 ついつい考えてしまうのは、四代目当主の瞳の色。

 特殊な絵の具か、特殊な紙か。はたまた温度が関係しているのかも…と際限がなく、しかし答えもなく、堂々巡りを繰り返している。

 さらに、緊張続きの日々に蓄積した疲労もあって、頭の中には霧がかかり、意識は朦朧として、飾り台の位置について話す侍女の声も随分遠い。

 乾いた布巾を握って立ち尽くすシュリアを、一人の侍女が呼んだ。

「その飾り台を動かしますから、上の花瓶を持っていてくださる?」

 力仕事を任された男性使用人が、返事をしないシュリアを訝しげに見た。視線の主が馬番のドービスだと気付いたところで、指示を聞き逃した自分にも気付く。

「は、はい! 花瓶ですね!」

 失態を取り繕うように、大慌てで花瓶に手を伸ばす。

 大陸渡来の白磁の花瓶は、シュリアでも持てる小振りなもの。

 手元の布巾に気付いた侍女が声を上げるのと、何も考えず花瓶を持ち上げたのは同時だった。

 何事かと声の方を向いたとき、すっぽりと、添えた両手から花瓶が抜け落ちた。

「危ない!」

 ドービスの声と、絨毯敷きの床から鈍い音がして、直後に右足の先に痛みが走る。

 その痛みがシュリアを現実に呼び戻した。

「何をしているのですか!」

 いち早く駆け寄ったサリエル夫人が、叱責と共に花瓶を拾った。

 その手に抱かれた、足先を打った物体に。

(高価な花瓶が!)

「申し訳ありません!」

 がばっと、音がしそうな勢いで上半身を折った。加減をしなかったせいか血の気が引いたせいか、足元もふらふらと覚束ない。

「布巾を手にしたままなど! 何を考えていたのですか!」

 もっともな叱責に唇を噛む。

「それでは話ができません。顔を上げなさい」

 有無を言わさぬ命令に緩慢に従うと、背筋が曲がっていると再び怒られる。

「花瓶は割れも欠けも見当たりませんから、幸いにも大事ないでしょう」

 その一言に、詰めていた息を吐き出した。もしも弁償となれば、一家の存亡にかかわる大事である。

「あなたはなぜ、今、この部屋にいるか分かっていますか。ここ最近、随分と上の空でしたね。色々あったことは存じていますが、それにしても見るに耐えない有様でした」

 だから、サリエル夫人の目が届く場所で様子を見られていたのだ。

「勤めが始まって一か月半、慣れから来る気の緩みはありませんか。もしもこの花瓶が損なわれていたり、あなたや他の誰かが怪我をしていたら償えるのですか」

 応接室に、ぴんと張り詰めた声が反響する。

 怠慢を指摘される言葉に心当たりがありすぎて、体の芯が震えるように萎縮した。

 シュリアの言い分を待って言葉を止めたサリエル夫人は、引き結ばれた口が開かないと分かるや溜息をつき。

「気の緩みと言いましたが、もちろん疲れもあるでしょう。今日はもう下がって、明日から再び励むように。よろしいですね」

 決して目を合わさないシュリアに言い渡す。

 誰の顔も見られず、退室の挨拶だけ絞り出したシュリアは、逃げるように応接室を後にしたのだった。



 しかし、まだ昼と言っても差し支えない時間帯。

 いつもならば裏門の脇で待つカイナルも、さすがにこの時間は別の任務に当たっている。

(騎士団に寄って、言付けを頼めばいいわ)

 ここから離れたい一心のシュリアは、足早にミルデハルト伯爵邸を出た。

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