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(どんな噂が立つことか!)

 焦るシュリアを置き去りに。

 難しい話は終わりと判断したミルデハルト伯爵が天井を仰いだ。

「しかし、面倒な宿題を出されてしまった」

 ルミエフが相槌を打つ。

「ああ、「歴の書」ですか」

「それだよそれ。探せと言われてもな」

「伯爵ならば、どんな書物が並んでいるかご存知では?」

「だからだよ。意味深な書物は建国早々に王家が回収済みだ。古代魔術語で書かれた物はあるが、さすがにあれはなぁ」

 シュリアが昨夜、唯一聞き取れた意味のある言葉は、「だが「歴の書」は!」だった。

 男が声を荒げたこの台詞のせいで、檸檬を落としてしまったのだ。

 しかしシュリア自身は、「歴の書」なるものの正体を知らない。

 説明もなく話が進められて、結局何なのか分からずに今に至っている。

「ですが、犯人は伯爵邸にあると思っている」

「犯人のみならず、さっきの彼もね」

 しきりに困ったと言いながら、ミルデハルト伯爵の表情は迷惑そうなそれで、僅かに残った紅茶を飲み干した。

「仕方ない、適当な書物をでっち上げるか」

 その、俺様貴族には決して聞かせられない台詞に目を丸くしていると、一転して表情を明るくしたミルデハルト伯爵はカイナルを見上げ。

「ところで、昨日、屋敷の裏に何の用があった? それでシュリアの危機に間に合ったと言って、許されるなどと思ってはおるまいな」

 随分と親しげな口調で話しかけた。

 シュリアも、それは気になっていた。夜会の招待客が涼みに出る場所ではないし、カイナルに限って道に迷った訳でもないだろう。

 好奇心が抑え切れず顔だけ振り向いたところで、気安い調子で暗に責められたカイナルと、数秒、視線が交わった。

(何かしら?)

 だが、シュリアに何かを言うことはなく。

「ええ、思っておりますよ。伯爵のご好意は余計なお世話だと、常々お伝えしておりませんでしたか」

 堂々と言い放ったのだ。

(何という暴言を!)

 子爵家の三男坊が伯爵家当主に叩く口ではない。

 ところが、恐る恐るミルデハルト伯爵を窺い見ると、怒る様子も攻撃の手を緩める様子もなく。

「だからと言って、私が諦めると思ったか。何のために年頃の娘を持つ連中ばかりを招待したと思っている」

「ですから、それが迷惑なのです。物には順序があります。兄を差し置いて私が先を越すなど考えられない」

「仕事中毒で髪がなくなってからでは遅い」

「頭髪の有無で人間の価値を図るのですか」

 仲の良さが窺える言い合いを繰り広げた。

 聞こえない振りで視線を彷徨わせたシュリアは、聞こえた内容を整理して、昨夜、カイナルが助けに現れた裏事情を察する。

 カイナルの整った容姿は、結婚相手を探すご令嬢には格好の獲物になったことだろう。

「屁理屈はいい! お前だけでも何とかするぞ!」

 ミルデハルト伯爵が、顔を赤くして叫んだ。



「伯父なのです。母の兄に当たります」

 帰り道、カイナルはそう切り出した。

「これ以上壁ができるのを避けたかったので、遠い親戚などと言ってしまいました」

 出産に挑むには難しい年齢となっていたザックハルト子爵夫人が、周囲の反対を押し切って産み落とした末っ子のカイナルは、出産を最後まで反対した伯父・ミルデハルト伯爵にも大層可愛がられた。

「あの家の一人娘は嫁いでしまったし、二人いた男児は幼い頃に病死してしまいました。ですから、実の息子のように思ってくれているのでしょう」

 当の愛情深い伯父に暴言を吐いたとは思えない、穏やかな声だった。

 満腹の昼下がり、歩いていながら、心地よい口調が眠りを誘う。

(ええっと、伯爵様がカイナル様の伯父様というお話よね)

「お二人、似ていらっしゃいますよね」

 制帽のないカイナルを初めてまともに見たとき、目や口元の雰囲気が似ていると感じたのだ。

 それに、案外と身内に辛口なところもよく似ている。

「あれが普段のカイナル様ですか?」

「普段かどうかは分かりませんが、お恥ずかしいところをお見せしました」

 素顔を晒した事実を消し去ろうと無表情を取り繕われ、シュリアは納得がいかない。

(何で隠すのかしら? 年相応で良いじゃない)

 残念ながら、隠したい男心に気付くような経験値もない。

「私にも、普段の感じでお話ししてください」

「これが普段の私です」

 どう見ても今さら感が拭えない澄まし顔に、思い切ってもう一歩踏み込んだ。

「ルミエフ兄さんは、昔からあんな顔をしているんです。それを見慣れている私の目は誤魔化せませんよ」

 身長差のせいで、意図せず上目遣いとなったシュリアを見て。

 カイナルは、転属直後に開かれた歓迎会を思い出した。

 酒の回ったルミエフが、末の妹はとても賢いと自慢していたのだ。

 男には男の事情があり、硬派な副隊長への憧れや人付き合いの苦手意識など、諸々の理由で意識的に無表情を作っていたカイナルである。

 早くも見抜かれてしまったと、舌を巻いた。

 お屋敷勤めを辞めるつもりはないと言い放った時の、伸びた背筋に思わず湧き上がった感情は、今だ胸に残っている。

「自分では意識していませんが、そうおっしゃるなら気をつけましょう」

 これで引き下がってくれるだろうか。

 無駄な足掻きと分かっていながら、それでも格好つけてしまうのだ。

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