隠された『ASM』
コンコンコン!
病室のドアを誰かがノックした。
「どうぞ」
葛城が中から返事をする。
「邪魔するぜ‥‥」
入ってきたのは柏木だった。
「よぉ、起きてたか。寝てりゃいいぞ?まだ『痛む』んだろ。あちこちよ‥‥」
椅子を持ち出して、柏木がどっかりと座る。
「‥‥柏木さんは‥‥?無事なんですか?」
葛城が尋ねると、柏木は横を向いて苦笑いを見せた。
「まぁな。オレはお前らと違って『丈夫』なのが取り柄だからよ」
確かに、130kgを超えるという巨体は葛城の2倍近くもあるだろう。耐久性という観点から言えば、話にならない程の違いはあるかも知れないが。
だが。
それでも、そのシャツの首元には包帯がチラリと見えてるし、その腰の膨らみを観るに、コルセットをしているのも伺える。決して『無事』と言える状態ではあるまい。
しかし。
「そうですか‥‥無事なら良いです」
『そこ』に突っ込むのは野暮というものだろうと、葛城は何も言わなかった。
病室のテレビは、昨日の惨劇を大々的に報じている。
今や、黄泉が出没するのは交通事故並に『当然』の世界ではあるが、それでも『此処までの被害』が出たのは流石に前例がない。
画面の向こう側ではヘルメットを被ったレポーターが、まだ片付けの終わっていない現場の様子を生々しく伝えていた。
「‥‥凄いもんですね」
ポツリ、と葛城が呟く。
「ああ、そうだな」
柏木が相槌を打つ。
「‥‥オレも身体ぁ鍛えてるから、破壊力ってぇヤツには『拘り』はあるけどよ。けど、『これ』はなぁ‥‥反則だって気がするぜ。こんなの、生身でどうにかなるレベルじゃねぇからよ」
ここは陸自の駐屯地内にある病院だ。他に一般の入院患者は居ない。
「‥‥私からは全く見えませんでしたが、『本体』は何処に居たんです?」
テレビを見たまま、葛城が聞いた。
「本体?ああ‥‥『戦闘機』か」
柏木もテレビの方を向いたままだ。
「港の‥‥10kmほど沖合、その上空1000mほどの場所だったてよ」
「『空対地ミサイル』ですか‥‥」
そう、レベル3の黄泉を『仕留めた』のはロケット弾ではない。
空自の『ASM(空対地ミサイル)』だったのだ。
その戦術はこうだ。
まず、高精度GPSと現地に居るスサノオの駆除班によって、黄泉の場所を特定する。
その情報をもとにASMが発射され、最後の『ピンポイント着弾』にはロケット弾の発熱がマーカーの役割を果たしたのだ。
同時にそれは周囲の眼から『ミサイル攻撃』を隠す目的も大きかった。
「ま、仕方あるめぇよ。あのクラスになるとロケット弾の1発や2発でどうにかなるようなシロモノじゃねぇし。グタグタやってると被害は更に拡大するからな‥‥」
それは、内密の内に練り上げられた戦法なのだ。
「‥‥少なくともヘリのレーダーに『本体』の機影は無かったかと思いましたが」
港からそんなに遠くない位置に居たのなら、レーダーに反応があっても良いようなものだが?と葛城が訝しがる。
「知らんよ。まぁ‥‥旅客機とか?に見つかるとヤバいからな。『それなりの機体』を使うって噂はあったけど、何しろそれは『空自』の仕事だから、そこまで詳しい話はオレたちの関知するところじゃぁねぇ」
なるほど『ステルス機』か‥‥あるだろうな。
何も答えなかったが、葛城はそう受け取った。
「ん‥‥ま、何だ。とりあえず暫くは休んどけや。『お前の気持ち』は分からんでもないが、何しろお前だけが踏ん張ったところでメンバーが揃わんのだ。どうしようもあるまい?」
柏木が席を立ちかける。
そうだった。
ミサイル空爆による攻撃は充分な成果を上げたと言って良かったが、その代償は決して小さくなかった。
爆発時に黄泉の近くに居た佐和山と桂は今も意識不明の重体で集中治療室から出てこれないし、桐生と河本は怪我の程度が酷く、緊急手術で中央の病院に搬送されたっきりだ。病室こそ離れているが山喜もベッドのお世話になっている。
‥‥とてもチームを組める状況ではないのは、葛城も理解している。
しかし、それでも緒戦において『班員2名を失った』という鮎川班に比べれば、死ななかった分だけ『マシ』と言わざるを得ないのだろうが。
葛城が膝に置いた拳を握りしめる。
「‥‥この先、どうするんでしょうね」
「何が?」
ドアに向かいかけた柏木が振り返る。
「黄泉ですよ。今後もこうして『レベル3』が出てきたらミサイルを使うんですか?‥‥市街地で」
葛城が問いかける。
今回の攻撃で、その被害が並々ならぬ事がハッキリしてしまった。
直接の駆除班達が巻き込まれるだけではない。その影響は民間にも大きいのだ。現に、テレビは一様にして『やり過ぎではないのか』と報じている。
一部では国会運営においても野党が攻撃の意思決定プロセスを疑問視し、政府への追求を強める構えだと言う。
今後『同じ手』が使い難くなるのは間違いない。
それでも尚、『ミサイル』という手段に頼るのか。
しかも、だ。
「今回は、それでも良かったですよ?何しろ大通りだったですし、相手も直線的に走るだけだったですから。しかし、これで『レベル4』になったら‥‥」
『レベル4』
それは、此処から『知能』が高くなるパターンだ。
「その場合は、敵サンに『狭い路地や建造物の間に逃げ込まれる』だろうな。それはすでに、戦略研究室でも対策を準備しているよ。‥‥お前に心配されるほど、人類も馬鹿じゃねぇからさ」
そう言って、フッ‥‥と柏木が達観したような眼をする。
「じゃあな。オレはこれから病院の『地下』に用事があるんでね」
『地下室』の使い道は何処の病院でも同じだ。そこは、今生における全ての役目を肩から降ろした者の寝室である。
葛城が眼を伏せる。
「‥‥では、また」
バタン、と病室のドアが閉じた。
そして後にして思えば。
葛城が生きた柏木を見たのも、これが最後になった。