やってきた『レベル3』
葛城と班員達を乗せたヘリが、フワリと舞い上がる。
そして次第に高度を上げ、綺羅びやかに輝く街の明かりを眼下に収めながらの帰途へと着いたのだが。
その『異変』は、すぐに呉井の眼についた。
「‥‥ん?あれは何だ‥‥?」
やや左手方向の数km先で、何かが散発的な輝きを発している。
「班長。11時の方角、何かあります!」
呉井が葛城を呼ぶ。
「‥‥どうしました?」
葛城が操縦席へとやってくる。
「見てください、アレ‥‥さっきから何か光って‥‥あ、また光った!」
葛城が目を凝らす。
「‥‥ロケット弾の閃光だな‥‥」
それは、その光の足元で戦闘が行われている事を意味していた。
無論、その相手は『黄泉』だろう。
場所は‥‥?
方角と距離から考えて『J地区』と見ていい。ならば、此処からなら充分に航続距離の範囲内だ。
「どうします?」
呉井が尋ねる。放置するのか、それとも駆けつけるのか?という二択だ。
「‥‥佐和山さんっ!ヘリにロケットの残弾はどれだけ積んであります?」
振り返って葛城が聞く。
「あと5発です!」
すばやく返答が来る。
「‥‥よし、行く‥」
そこまで言い掛けた時だった。
ピーッ、ピーッ!
葛城のヘルメットに着信音が入る。
「はい、こちら葛城」
「葛城君。済まんな、私だ」
無線の相手は当直の司令だった。
「どうしました?」
「‥‥今晩『2体目』が出た‥‥場所はJ地区だ。鮎川班が対処に行っていたのだが、苦戦していてな‥‥ 今、かなり危険な状態なのだ。大至急、応援に廻って欲しい!」
その緊迫した口調から、只ならぬ状況である事がひしひしと伝わってくる。
「‥‥了解しました」
そう答えて葛城が背後を振り返ると、桂が親指を立てて『助けに行きましょう』とばかりに、ニヤリと笑った。
黄泉の駆除は大変な仕事だ。誰一人とて疲れていないハズも無いし、一旦『切れた』集中力を取り戻すのも容易ではない。
まして、それによる殉職のリスクが避けられないのは言うまでもない。
だが、それでも『戦える力が残っている』のであれば、仲間を助けるのに躊躇する理由は無いのだ。
葛城が呉井の肩を軽く叩いた。
「‥‥向かってください」
「了解っ!」
ヘリは速度を上げて光の出ている場所へ進路を切った。
司令部から再びの無線が入る。
「J地区の黄泉だが‥‥確認出来た最初の『レベル3』だ。今、J地区を横断してL地区へと進んでいる」
「レ‥‥レベル3かよ‥‥もう『そんなヤツ』が出てきやがったか‥‥」
桂がつぶやく。
黄泉に進化の可能性があることは、当初から指摘されていた事だ。
『レベル1』は怪物化はするものの、さほど大型でもなければ攻撃耐性も低いタイプだ。
『レベル2』はこれが5~10mほどに巨大化し、攻撃耐性も強化されているタイプで、先程まで葛城班が駆除に当たっていたのも『このタイプ』だ。
そして『レベル3』。
これは、『高速機動するタイプ』だ。
『黄泉』は出現するごとに少しつづ進化している。
そのため『今でこそ大した動きはしないものの、何れは此の巨体で高速機動するタイプが出るだろう』と予言されていたのだった。
無論『それ』が何時になるのか、誰にも予測はつかなかったのだが‥‥
「‥‥葛城君、確認するまでも無いかも知れんが『レベル3』への対処方法は‥‥理解しているな?」
司令部から念押しが入る。
「‥‥はい」
無論、それは葛城も『理解している』事だ。‥‥ただし、『頭では』という注釈がついてしまうのだが。
当然、最悪を想定して『そういうシミュレーション』もしているし、マニュアルも頭には入っている。
だが。
本当に『それ』をやるのか‥‥
どうにか『こっち』のメンバーだけで対処出来れば、それが一番良いのだが。
しかし、迷ってもいられない。
ふと横を見ると、呉井が横目で心配そうに葛城の方を伺っていた。
「‥‥マニュアル通りです。危険なフライトになりますが、私達を降ろした後は大至急、退避をお願いします」
冷静に、葛城が指示を出す。
「‥‥了解。‥‥ご無事で」
呉井は、葛城から眼を逸した。
そして2分後。
「目標、捕捉っ!」
呉井が叫ぶ。
「くそ‥‥思ってたよりデカいし、かなり速いぞ‥‥」
その黄泉は体長にして15mほどはあろうか。
『それ』が猛烈な勢いでビルの谷間を走り抜けようとしていた。
無論、『その足元』は逃げ遅れた人間や車両が‥‥
だが黄泉は、それらを物ともしない。
踏み潰し、投げ飛ばし、薙ぎ払って尚も前に進もうと暴れている。
「クソが‥‥!」
ヘリの窓から下の様子を食い入る様に伺いながら、桂が毒づく。
遥か上空からでは、その音までを拾うことは出来ないが悲鳴に溢れているのは間違いない。
一刻も早く、アレを止めなければ‥‥
葛城が奥歯を噛みしめる。
突如、黄泉が雄叫びを上げる。
グァァァァァ!!!
その咆哮が空気を震わせ、ヘリの躯体がビリビリと震える。
「チクショウ‥‥」
操縦桿を握る呉井の手に、汗が滲む。
「駆除班用意、対処『レベル3』だ!行くぞっ!」
葛城が班員を鼓舞する。
そして再び、光り輝く街なかへと夜空へと5人は飛び出して行った。