回収と撤収
支援班と回収班が到着したのは、それから10分程後の事だった。
バリバリバリバリバリバリ‥‥
2機の大型ヘリコプターが現場にやって来るのが見える。
前方の1機には支援班のメンバーが搭乗し、後方のもう1機は回収班が乗っている。
いや、回収班においては『乗っている』という表現は適切ではないだろう。
何故なら、その仕事は『駆除』が終わった黄泉の破片を回収して運搬するすることだからだ。つまり主役は『これから乗る』のだ。
回収班のヘリは、巨大なコンテナを搭載している。
これには冷凍機が付属しており、庫内温度はマイナス20℃を保っている。
『オリジナル』であるアマテラスがマイナス25℃の氷の中で沈黙していた事からして、彼らが極端な低温には対応出来ないのだろう‥‥と、スサノオでは推測していた。
そのため、万が一にも運搬中に黄泉の細胞が『復活』しないように、運搬の段階から万全を尽くす構えなのだ。
そして、支援班はそのための『破片回収』業務も担っていた。
出来る限り破片を回収しないと生態系への影響も懸念されるからだ。何しろ黄泉には分からない事が多すぎる。
ゆっくりと、支援班のヘリコプターが降下してくる。
ハッチが開き、班員達が降りてきた。
「‥‥お疲れ様、葛城君」
真っ先にやって来たのは、支援班の羽田班長だった。
「お疲れ様です。今晩は羽田さんの班が当直でしたか」
「ああ。ここの処、この地区の発生確率が高くなっているからね。ローテションも見直しを図ってるからな‥‥」
そう言いながら、羽田が視線をヘリのハッチの方に向ける。
その視線の先には『場違いなビジネススーツ』を着込んだ男が、今にも外に出ようとしていた。
「ふん‥‥やれやれ、この匂いだけは何時まで経っても慣れんモンだな‥‥」
男はツカツカと葛城の元にやって来る。
「やぁ‥‥葛城班長殿、『またしても』君だったか。ここ最近、ボクは君の顔ばかり見てる気がするよ。まったく、気が滅入る‥‥」
男はそう言って、辺りを見渡した。
「まぁ‥‥『被害』は抑えた方なんじゃないの?派手に武器を使った割には、な。さ‥‥記録を出して貰うおうかね?」
すっ、と男が右手を差し出す。
「‥‥山喜、記録だ」
葛城が促すと、山喜がヘルメットからメモリーカードを引き抜いた。
「どうぞ、これです」
ぶっきら棒に男へ渡す。
「ふん‥‥」
男は鼻を鳴らしながら、メモリーカードを受け取った。
「‥‥細かい状況報告書は、明日にでもボクのアドレスに送ってくれたまえ。指定書式だぞ?あと、分かっていると思うが施行規則通り『速報』は24時間以内、『詳細報告』は1週間以内だからな?遅れるなよ?」
そう言い捨てると、男は踵を返してヘリに戻って行った。
「‥‥。」
葛城と羽田が黙ってその背中を眼で追う。
「‥‥くそっ!『監査員』だか何だか知らねぇが、自分は安全なところからは絶対に出て来ないクセに、偉そうにしやがって‥‥」
何時の間にか、葛城の背後に桂が戻っていた。
「まぁ、そう言いたくなる気も分かりますけどね。それでもああして『監査』という視点が無いと、我々の『正義』が立証出来んのですから。仕方ありません」
葛城は『班長』という立場にあるが、砲手を務める桂より5つほど年下になる。いや、同い年である山喜以外の班員は全て葛城よりも年上だ。
そのため任務を外れたところでは、どうしても『敬語』になってしまう。
ふと眼を転じると、支援班のヘリから垂れ下がるワイヤーが、倒したばかりの黄泉の身体を引き上げに掛かっていた。
「‥‥よーぉし、バランスに気を付けろ。少しだけアップだ!」
地上担当の班員が指示を出しているのが聞こえる。
周りが野次馬で騒がしくなって来た。
支援班の別働隊が交通整理をしている。
羽田が葛城の方に向き直った。
「さ、君達はもういいだろう。帰ってゆっくり休みたまえ‥‥と言ってやりたいのは山々だが、『まだ』なんだろ?当直の割当時間は?」
葛城がチラッと腕時計を確認する。
「‥‥そうですね。まだあと1時間ほどはあります。まぁ、余程の事は無いでしょうけど」
「だな‥‥」
羽田が周辺を伺う。辺りはそれでも落ち着きを取り戻しつつあった。
「‥‥聞いた話で恐縮だが、葛城君は『あの』鴻池研究所での『アマテラス遺失事故』の現場に遭遇したそうだな?」
葛城の顔が曇る。
「‥‥現場に居なかった鴻池教授以外では、私だけが唯一生き残りました」
視線を落とす葛城の肩を、羽田がポンと叩いた。
「悪い事を聞いたな、済まん」
「いえ‥‥では、すいませんが後はよろしくお願いします」
そう言って、葛城が頭を下げる。
「おう、後は任せとけ」
羽田が現場を戻ってゆく。
「さて、撤収するか‥‥」
無線のマイクのスイッチを入れる。
「呉井さん、ヘリを降ろしてください。班員と装備を回収して撤収します」
「了解っ!」
呉井の声も明るかった。
そして、その時は。
『別地区で大変な事態が発生している』と。
葛城達はまだ知る由も無かった。