全てに決着をつけるために
「な‥‥何だ、今のは‥‥?」
山倉は、その異様な叫び声に不安を感じずにはいれらなかった。
その頃、スサノオの各部隊や自衛隊は暴れまわる黄泉に苦戦を強いられていた。
『標的』が動き回って狙いがつかないのだ。
「くそっ!また逃げられたっ!今度はそっちの陰だ!」
戦車で先回りを図るものの、容易に突破されてしまうのだ。
ところが、だ。
「な‥‥何だ?」
突如として、黄泉の不規則な動きが止まったのだ。
そして。
「黄泉が一斉に方向転換していますっ!向かう先は‥‥」
司令室が慌ただしくなる。
「‥‥アマテラスの方です!」
それまで勝手気ままに暴れまわっていた黄泉達が、一斉にアマテラスの方へ目掛けて走り出したのだ。
それは『加勢』だった。
窮地に陥ったアマテラスが、堪らずに黄泉を呼び寄せたのだ。
「まずいぞ!如何にムラクモとは言え、12体の同時攻撃では一溜りもない!」
焦る司令室だが、それでも山倉は冷静に指示を出す。
「いや、今だ!チャンスだぞ?! 逆に今なら動きが『読める』筈だっ!全部隊一斉に追撃せよっ!」
黄泉の難攻不落性は『不規則な動き』にある。
しかし今なら、一直線にアマテラスに向かうとしているから『狙い』がつく‥‥というのが山倉の読みなのだ。
『直線運動は狙われやすい』
無論、それはアマテラスも理解している。
だが、今は『それ』に構っていられる状況ではなかった。
すなわち、アマテラスの『賭け』とは『例え何体かが犠牲になっても、生き残った黄泉を自分の手元に呼び寄せる事が出来れば数的優位を利用して『勝利』または『脱出』が可能‥‥というものだったのだ。
アマテラス救出に向かおうとする黄泉の背後から、戦車隊の砲撃が始まる。
「ターゲット、ロック・オン。撃てっぇぇぇ!」
ド‥‥ン!ド‥‥ン!
「弾着ぁぁぁく‥‥今っ!!」
車長が双眼鏡で弾頭の行く先を追う。
ドゴォォォ‥‥ンンンン!
背後からの直撃を浴びた黄泉が、その場に倒れ込む。
その反動で、街路樹や信号機がなぎ倒されていく。
「地上班、急げっ!頭部を完全に破壊するんだ!」
「撃てっぇぇぇ!」
司令室のから指示で、地上班のロケット砲が転倒した黄泉の頭部に砲撃を入れる。
爆風と土煙が、通りを埋め尽くす。
そして、
頭部を破壊された黄泉は、そのまま沈黙した。
「こちら、鮎川班っ!ターゲットNo10を撃破っ!」
司令室に『最初の吉報』が入る。
「よしっ‥‥」
山倉が、小さくガッツポーズをいれる。
戦況は、確実に人類側に傾いているという『確信』を得たのだ。
続いて。
「こちら、航空隊5番機。ターゲットをロックした」
「同じく、航空隊6番機。こちらもターゲットをロック」
戦闘機からも無線連絡が入り始める。
「構わんっ!すぐに撃ってくれ!」
「了解、ミサイル発射」
間髪入れずに誘導ミサイルが発射される。
バシュゥゥゥゥ‥‥
短い航跡を残して。
ドドォォォ‥‥ンンンン!
やや鈍い爆裂音が聞こえてくる。『前回の反省』を生かして、爆発力を『控えめ』に調整した空対地ミサイルだ。
それでも、黄泉を『止める』には十分だった。
「行けっ!トドメを刺すんだ!」
続けざまに司令室から地上部隊に指示が飛ぶ。
しかし‥‥
「『撃ち漏らした』黄泉が、アマテラスに接近します!」
モニター班から叫び声が聞こえる。
「くそっ‥‥間に合わないか‥‥?」
何しろ、12体一斉攻撃というのは数が多すぎるし、何より『速度差』の問題がある。
戦闘機では速度があり過ぎて追尾が難しいし、戦車や戦闘車両では黄泉のスピードに追いつけない。
この『丁度いい速度』と言えば‥‥?
『その答え』はヘリコプターによる攻撃だった。
「いや‥‥まだだ!『例の液体窒素弾』を使えっ! 敵の軌道が読めていれば、十分に『使える』ハズだ!」
本来、ヘリでは直接に黄泉を爆殺できるような誘導ミサイルを発射出来ない。
さりとて、ただのロケット弾では確実に頭部を破壊出来るほどの命中精度が得られない。
そこで。
弾頭に『液体窒素』を詰め込んだ特殊ロケット弾が用意されていたのだ。
それが例え身体の何処の部位であろとうも、着弾と同時に液体窒素が『気化』を始める。すると、その『ガス』がスポンジ状になっている黄泉の体内を『染み込むように』侵食し‥‥
「了解。『液体窒素弾』発射します!」
バシュゥゥゥゥ‥! バシュゥゥゥゥ‥!
空中で待機していたヘリから黄泉の通り道目掛け、次々『液体窒素弾』が発射される。
そして、着弾と同時に大きな爆裂音を残して『中身』が『気化』を起こす。
液体窒素による、超低温の白煙が濛々と立ち込める。
それが『気化冷却』を起こすことで、黄泉の体温を急激に奪うのだ。
如何な黄泉と言えど、その『超低温』による急冷却には耐えられなかった。
逃げる速度が一気に鈍っていく。
「今だっ!迎撃を急げっ!」
空中から、或いは地上からの攻撃で。
残った黄泉達が次々と駆除されていく。
『賭け』の女神はアマテラスには微笑まなかった。
「これで‥‥残るはアマテラス本体のみという事になるが‥‥」
山倉は、固唾を飲んで戦況を見守っていた。
「こ‥‥これは‥‥?」
その頃、アマテラスの身体には異変が起きていた。
『溶け』始めているのだ。
もはや、原型を留めていないほどに‥‥。
すると。
「な‥‥何だ‥‥」
葛城は、急に脱力感を覚えた。
『身体』に力が入らないのだ。
ムラクモの身体が地面に倒れ込むように崩れ落ちる。
「まずいっ!『ライダー』に強制射出信号を送れ!」
鴻池の指示で、葛城がライダーごと外部に吐き出された。
『巨大化』していた感覚が一気に現実の身体へと引き戻され、今度は『小人化』した奇妙な感覚に襲われる。
「おいっ!あれを見ろ」
桂が指さしたのは、溶けかかっている『頭部』から這い出そうとしている『アマテラス』の本体だった。
弱々しく、フラフラしながら逃げ出そうとしている。
「逃がすかよ‥‥!」
慌てて、葛城が金属スーツを脱ぎ捨てた。
そこへ、
「班長っ!これを‥‥っ!」
佐和山が『何か』を、葛城に投げて寄越した。
「‥‥っ!」
それはあの、笹川が『餞別』として葛城にくれた日本刀だった。
「ロケット・ランチャーが全部持って行かれちまったんで‥‥『装備課』に聞いたら『それだけ残ってる』って言うから、持ってきましたよ!」
フッ‥‥と、葛城は笑いながら刀を握りしめる。
まさか、『役に立つ』とは思ってもみなかったが‥‥
そして。
‥‥悪いな、此処からは『私の世界』なんでね。
鞘を払うと、間髪入れずにアマテラスの背中目掛けて袈裟懸けに斬り下ろす。
一直線に、何の迷いもなく、全てに決着をつけるために。
笹川に貰った刀は凄まじいまでの切味を見せ‥‥
アマテラスは『真っ二つ』に切り裂かれ、地面に崩れた。
「やっ‥‥たぁぁぁぁ!」
司令室が大歓声に包まれる。
「やった‥‥やった‥‥オレ達は‥‥勝ったんだ‥‥!」
大きな代償は払ったが。
それでも、人類は勝利を収めた。その意義は大きい。
安堵感が司令室を支配する。
現場では、葛城の元に桂達が近寄っていた。
葛城は、佐和山に「予備のガソリンを持っていないか?」と尋ねた。
そして、ガソリン缶を借りると。
ドボドボと、その中身を倒れているアマテラスに浴びせた。
「おい‥‥葛城は何をしてるのだ?」
山倉が司令室から様子を伺う。
次の瞬間、
ボウッ!と火の手が上がった。
「ああっ!」
山倉が大声を出す。
「何をしているっ!やめんかっ!火を消せっ」
だが、葛城はインカムを頭から外していた。
アマテラスは、まるで枯木に火を灯すが如くにボウボウと燃えている。
司令室からは『消火しろ!』との大声が現場に届いていたが。
周りの班員達も無視して、その様を眺めている。
「‥‥すいませんね、『生きて捉えろ』とは聞いてなかったんでね‥‥」
葛城が呟く。
『アマテラスの捕獲』
それが生物学上の観点だけではなく、軍事的な抑止力として大きな意味を持つのは誰の眼にも明らかだった。
例え『破片だけ残した』としても、『脅威』という点では大きな意味を持つと言って良かった。
だが、葛城は『それ』を選択することは無かった。
そして、災厄はもはや跡形もなく燃え尽きようとしていた。
黄泉の身体も、ムラクモも、溶解が進んで腐敗が始まっている。
司令室では山倉が何かを叫んではいるが。
もう、それを止める手段は、無かった。




