想定外の開始
太陽が、ビルの谷間に隠れようとしている。
過去もっとも『黄泉出現』が早かった時間は『日没直後』だった。
それを考えれば、アマテラスが何時動き出しても不思議はない。
司令室にも緊張感が高まっていた。
「どうだ?動く気配はあるか?」
ドローンが定点カメラを着地させているので、アマテラスの『影』は常時監視されている。
「いえ‥‥今のところ、動く気配はありません」
「そうか‥‥『ムラクモ』は?」
「すでに、接近しています」
モニターには、回収班の大型ヘリが映し出されている。
「念の為だ。ヘリには少し離れた地点に着地するよう、伝えてくれ。ヘリに攻撃されると防御手段が無いからな」
「了解です。回収班、こちら司令室‥‥」
コンテナは、指示通りに最前線バリケードのすぐ脇に着地を開始した。
「オーライ、オーライ‥‥」
地上スタッフが合図を送る中、慎重にコンテナが着地する。
「よーし、着地した。すぐに離脱してくれ」
地上班からの指示で、ヘリが空域を離れていく。
そして。
ガコン‥‥
コンテナが開く。
着いたか‥‥
ゆっくりと、『葛城』が身体を起こす。
「デカいな‥‥」
付近で待機する陸自の隊員が、ムラクモの巨体に思わず息を飲んだ。
「ああ‥‥何しろ人類側の『最終兵器』だからな‥‥」
ムラクモが外に出て、直立した。
太陽はすでに西に傾き、ほとんど陽の光は届かなくなっていた。
『頃合い』と言えよう。
「葛城君、聞こえるかね?」
インカムに鴻池の声が入る。
「‥‥聞こえます」
葛城が返答する。
「どうかね、気分は?」
「‥‥スケール感が可怪しいですね。周りのビルとか、戦闘車両がオモチャみたいに見えますよ」
気をつけないと、足で他の班員達を踏んでしまいそうになる。
「アマテラスの『触手根』は君の足元にまで達しておる。此処からの進撃は全て相手に伝わるだろう。従って隠す必要はない、一気に進んでくれ‥‥『剣』を忘れんようにな」
「‥‥持ってますよ」
ムラクモの手には、『専用の剣』がしっかりと握られている。
そこへ、司令室から指示が飛ぶ。
「時間だ。作戦を開始する!」
同時に、
「行きます!」
短く返答すると、ムラクモは一気に『隠れ家』へと飛び出した。
「ムラクモ、出撃しました!‥‥えっ?」
「どうした?!」
山倉が異変に気づく
「‥‥ムラクモの足が止まりました。まだ、『隠れ家』には遠いのですが‥‥?」
モニターには、立ち止まっているムラクモの姿が映っている。
「まさか‥‥」
山倉には、その姿にピンと来るものがあった。
『アマテラスは葛城から情報を収集している』とすれば。
或いは『その逆』もありうるのでは‥‥?
つまり『アマテラスの動向』が逆に、葛城へと伝わるという‥‥
「全部隊に緊急連絡っ!」
だが、『それ』は山倉の指示よりも早かった。
ムラクモが立ち止まった、その200mほど先から。
ズズ‥‥
『あの』禍々しい巨体が姿を現したのだ。
スクネを乗っ取った、あの‥‥
もう、誰の眼にも見間違えようがなかった。
「アマテラスですっ!」
司令室が一瞬にして大混乱に陥る。
「そんな馬鹿なっ!では、『隠れ家』に居たのは‥‥!」
山倉が絶句する。
もしや『ダミー』なのか‥‥?
考えもしなかった。いや、『甘く見ていた』と言って良い。『所詮は植物』だと。
だが、アマテラスは相手を吸収することで『その能力』をも吸収出来るのだ。そして今のアマテラスには『柏木』が吸収されている。そう、『勝つためには何でもあり』の‥‥。
「くそっ‥‥!外郭と中郭の陣形を外に広げろと伝えろ!急げっ!中心点が変わったぞっ」
山倉が怒鳴る。
「了解です!聞こえますか?!こちら司令室っ‥‥アマテラスの位置が変わりました。すぐにE地区方面を西に大きく拡大‥‥」
各担当が慌てて連絡をとる中、鴻池から山倉に連絡が来た。
「鴻池だ、気づいた事がある!」
「どうしたんです?!こっちは今‥‥」
「‥‥『おかしい』と思わんか‥‥?」
鴻池は何かを見つけたようだ。
「何がですっ!?」
イラつきながらも、山倉が聞き返す。
「アマテラスだよ!『大きさが変わっていない』んだっ!」
「はっ?意味か分から‥‥」
「昨晩、あれだけ多くの人間を取り込んだんだぞ!?100や200じゃぁ利かない数だ!いくらヤツでも『見た目の大きさ』を保てる限界を超えていなくちゃぁいかん!」
だとすれば。
『その差』が何を意味するのか。
「司令、大変ですっ!」
モニター班から叫び声が上がる。
「何てこった‥‥」
山倉が『それ』に気づいた時、すでに事態は『想定していた最悪』すらも超えようとしていた。




