知りたくなかった『仮説』
「此処は‥‥?」
鴻池が葛城を連れてきたのは、つい先日まで葛城が入院していた陸自駐屯基地内の病院だった。
「‥‥ついてきたまえ。『用事』があるのは地下なんでな‥‥」
鴻池が先導する。
「ところでな、葛城君。アマテラスを『遺失』した私の研究所だが‥‥あそこは元々グリズリーなんかの大型哺乳類を研究するための施設だから、それなりに頑丈に出来ている。しかし『あの日』、警察が到着した時にはアマテラスは『何処にも居なかった』そうだな?」
「‥‥後で聞きました。私は失神した状態で発見されたので」
「そうらしいな。で、当時から『アマテラスはどうやって逃げたのか?』が問題になっていたのだが‥‥やっと『有力な仮説』が見つかったのだよ」
チラリ、と鴻池が葛城の方を見やる。
「えっ‥‥分かったんですか?」
葛城が怪訝な顔をする。確かに『それ』はそれで興味を惹かれるところではあるが『今』その話を議論すべきなのかは甚だ疑問だ‥‥という『怪訝』だ。
「ああ。『分かった』と言っていいと思う。‥‥公表するかどうかは『微妙』だがね」
鴻池が鋼鉄製の扉の前で足を止めた。
「詳しい話は『部屋の中』でするとしよう。さぁ、入り給え。此処は機密レベル『10』だ。『内緒話』をするには最適な空間だよ?」
複数台の監視カメラに3種類の個人識別装置が、警備の物々しさを物語っていた。
二人が中に入ると同時に、ガコン‥‥と扉が閉まる。
「さっきの話ですが、『微妙』というのは?」
葛城が聞き直す。
すると、鴻池は立ち止まってからスッ‥‥と葛城を指さした。
「『君』だよ、すばりアマテラスの『逃走経路』はね」
「えっ?!」
意味が分からず、葛城は困惑した。
「ど‥‥どういう意味ですか、それは?」
「どういうも、こういうも無い。そのままの意味だ。つまりアマテラスは『君の身体に潜り込んで』研究所の建物から脱出したのだよ。『堂々と』ね。
その基本原理は、黄泉の『生物吸収』と同じだ。彼らはある程度までの吸収なら、見た目の大きさを変えずに済むらしいからな‥‥」
「なっ‥‥!」
絶句して、葛城の足が止まる。
「私が‥‥ですか‥‥?」
もしもその仮説が『正解』だとすれば、いくら本人に自覚と責任が無いとは言え、葛城は単に『遺失事件責任者、その最後の生き残り』というだけではなくアマテラスを野に放ってしまった『張本人』という事になる。
だとすると、その犯した『罪』の大きさは‥‥?
「うっ‥‥」
呆然と立ち止まる葛城の肩を、鴻池がポンと叩いた。
「無論、我々としても君にその責任を問う気は無い。‥‥公式には、な。しかし『これ』が発覚すれば君の立場は今以上に悪くなるだろう。人間のそうした感情面は、どうしようも無いからね」
鴻池が言った『微妙』という意味が、葛城にも理解は出来た。
確かにそれが公になれば、自分は怨嗟の眼に晒される事なる。その場合、もはや街中を一人で歩くことさえ困難になるであろう。
が、しかし‥‥
黙っていたからと言って、その事実がなくなる訳でも無かった。
「仮説‥‥ですよね?あくまでも」
葛城の視線は下を向いたままだ。
「ああ、仮説でしかない。何しろ検証方法が無いからね。だが‥‥アマテラスが君の身体と『何らかの接触』を図った事は実証出来とる。検査のために採取した血液を分析したら『正体不明のDNA』の混入が検出されたからな‥‥」
「ぐっ‥‥う‥‥」
突如として猛烈な吐き気が、葛城を襲いかかった。
自分の身体にあの恐ろしい『アマテラス』が潜り込んでいた‥‥というのか。
思わずその場にしゃがみ込む葛城に、鴻池が更なる追い打ちを掛ける。
「もうひとつ、君にとって『聞きたくないだろう仮説』があるんだ。今、それを聞くかい?それとも少し時間を置くかい?」
鴻池は静かに語りかける。
「‥‥今で結構です」
座り込んだまま、葛城が返答する。
「そうか‥‥では、教えよう。君の身体に『混ざった』アマテラスの体組織は『残滓』という訳ではなく、チャンと意味があるらしい。つまり『諜報活動』だ。
それがどういう原理なのか迄は知らんが、君が得た情報の数々は自動的にアマテラスへ転送されるらしい。‥‥黄泉の発生が君の『地元』であるE地区やF地区に集中するのも、決して偶然では無いのだよ」
『アマテラスに情報が漏れている』
その可能性は葛城も薄々ながら理解していた。
仮にアマテラスの情報源が『自分』だとすれば、渓が黄泉に取り込まれたのも『必然』であったと言える。
何しろ肉弾戦で柏木に勝てる相手が居るとすれば、それは師匠である『渓』しかいないだろうからだ。
そういう『感覚』は葛城の中に『或った』ものだ。だとすれば、アマテラスがその情報を利用した‥‥と。
『自分が渓を巻き添えにして殺した』
いくら自分に『その気が無かった』とは言え、結果的にそうなった事は否めなかった。
もっと早く気づいていれば、或いは‥‥。
愕然とする葛城の横に、鴻池が座り込んだ。
「君の血液を分析して分かったのはな、何も『悪いこと』ばかりじゃぁ無い。実は古代人がアマテラスの封印に成功した『理由』も、やっと解析出来たんだ。‥‥むしろ今日の『本題』はここからなんだよ」




