『超える』ために捨てるものは
「渓‥‥? という人だというのか?『あの黄泉』が」
山倉が葛城に聞き返す。
「そうです。いや、私の思い違いでなければ‥‥ですが」
葛城の眼はモニターをじっと捉えていた。
「『あの体捌き』は、五縄流当身術のものです。そして、現時点で『それ』をあのレベルで習得している人間は、私の知る限り柏木さんと‥‥そして、その師匠に当たる『渓師範』だけなんです」
だとするとだ。
何らかの手段で、アマテラスは渓に接触したと考えられる。
それは『偶然』なのだろうか?それとも‥‥?
何れにしろ、現状は柏木にとってピンチである事に変わりは無かった。
「‥‥で、もしも『そう』だとして、だ」
山倉も、モニターを注視している。
「今の『スクネ』に、勝ち目はあると思うかね?」
「‥‥分かりません」
断言はしなかったが。
葛城は柏木にとって『不利』と見ていた。
何しろ『実体』と違って体格と年齢のハンデがない。それでいて、技量は渓の方が勝っているとするならば‥‥
一瞬。
ふっ‥‥と、『渓の黄泉』の姿が『消えて見えた』
「あ‥‥っ!」
叫ぶ間も無かった。
気がついた時には、『渓の黄泉』はスクネの正面に居た。
グォ‥‥
『渓』が繰り出す回し蹴りの、空気を切り裂く重量感が画面からでも伝わってくる。
瞬間的にスクネが『これ』を腕でブロックするが。
ド‥‥ン!
鈍い音が響く。
ズザザザサ‥‥
蹴りの勢いに負けて、柏木の体勢が大きく崩れる。
と、同時に。
ドドン!ドン!ドン!
巨大な太鼓でも叩いているかの様な鈍い音が響く。渓の『連打』だ。
柏木の『スクネ』は両手でガードを固めてはいるが、それでも完全に防げている訳ではないし、何より『防いだ腕』が崩れかけている。
くそ‥‥っ!ヤベぇぜ‥‥
咄嗟に、スクネが前蹴りでもって『渓』を蹴り飛ばす。
ズ‥‥ン‥‥
両者の間に、再びの『間』が開く。
黄泉細胞が、スクネの崩れかけた両腕を超高速で再生している。
しかし。
ヤバいな‥‥どうにも‥‥このままでは勝ち目が無ぇ‥‥
戦局は、あまりに不利だと言えた。
相手は黄泉細胞と100%同期しているのに対して、こちらはせいぜい『95~98%』と言ったところか。
このレベルで、その『差』は決定的と言っていい。
更に『残り時間』が‥‥
あと‥‥『持った』としても『90秒』が限界だな‥‥
気の所為か、酸素の供給量が減った気がする。
『渓の黄泉』は間をとったまま、じっとしている。或いは『こちらの事情』を知っているのか。
司令室から、柏木のインカムに指示が飛ぶ。
「柏木っ!無理をするな!此処は一旦引けっ!地上部隊から攻撃を加えるっ!」
「‥‥。」
だが、柏木はこれに返答しなかった。
「おいっ!聞こえているのか?!柏木ぃ!」
多分、少しでも後退の気配をみせれば『その瞬間』に倒されるだろう。
『先』の事を考えている余裕なぞ、無かった。
とりあえず、『今、この場』を凌がなくてはならない。
その為には、どうすれば良いのか。
どうやら‥‥他に『選択肢』は無ぇようだな‥‥
柏木は覚悟を決めることにした。
もう、『それ』しか手は残っていないのだ。
葛城‥‥後は『頼んだ』ぞ‥‥
心のなかで呟く。
そして、
黄泉細胞の中で柏木は自分の身体を動かし、『金属スーツ』に手を掛け‥‥それを引き裂いた。
「ぐぁぁぁっ!」
たちどころに、傷のついた所から黄泉細胞が侵入してくる。
もう、止めようが無かった。
次第に、意識が遠のいていく。
師匠‥‥安心しな? すぐに『楽』にしてやるよ‥‥アンタの弟子はヨォ‥‥もう、アンタより強ぇぇんだぜ‥‥
柏木の『異常』を感知したのか、突如として『渓の黄泉』が突っ込んで来る。
そこへ。
柏木渾身の『右正拳』が、その顔面を捉えた。




