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AMATERASU  作者: 潜水艦7号
23/35

『超える』ために捨てるものは


「渓‥‥? という人だというのか?『あの黄泉』が」

山倉が葛城に聞き返す。


「そうです。いや、私の思い違いでなければ‥‥ですが」

葛城の眼はモニターをじっと捉えていた。


「『あの体捌き』は、五縄流当身術のものです。そして、現時点で『それ』をあのレベルで習得している人間は、私の知る限り柏木さんと‥‥そして、その師匠に当たる『渓師範』だけなんです」


だとするとだ。

何らかの手段で、アマテラスは渓に接触したと考えられる。


それは『偶然』なのだろうか?それとも‥‥?

何れにしろ、現状は柏木にとってピンチである事に変わりは無かった。


「‥‥で、もしも『そう』だとして、だ」

山倉も、モニターを注視している。


「今の『スクネ』に、勝ち目はあると思うかね?」


「‥‥分かりません」

断言はしなかったが。


葛城は柏木にとって『不利』と見ていた。

何しろ『実体』と違って体格と年齢のハンデがない。それでいて、技量は渓の方が勝っているとするならば‥‥


一瞬。

ふっ‥‥と、『渓の黄泉』の姿が『消えて見えた』


「あ‥‥っ!」

叫ぶ間も無かった。


気がついた時には、『渓の黄泉』はスクネの正面に居た。


グォ‥‥


『渓』が繰り出す回し蹴りの、空気を切り裂く重量感が画面からでも伝わってくる。

瞬間的にスクネが『これ』を腕でブロックするが。


ド‥‥ン!


鈍い音が響く。


ズザザザサ‥‥

蹴りの勢いに負けて、柏木の体勢が大きく崩れる。


と、同時に。


ドドン!ドン!ドン!


巨大な太鼓でも叩いているかの様な鈍い音が響く。渓の『連打』だ。

柏木の『スクネ』は両手でガードを固めてはいるが、それでも完全に防げている訳ではないし、何より『防いだ腕』が崩れかけている。


くそ‥‥っ!ヤベぇぜ‥‥

咄嗟に、スクネが前蹴りでもって『渓』を蹴り飛ばす。


ズ‥‥ン‥‥


両者の間に、再びの『間』が開く。

黄泉細胞が、スクネの崩れかけた両腕を超高速で再生している。


しかし。


ヤバいな‥‥どうにも‥‥このままでは勝ち目が無ぇ‥‥


戦局は、あまりに不利だと言えた。

相手は黄泉細胞と100%同期しているのに対して、こちらはせいぜい『95~98%』と言ったところか。

このレベルで、その『差』は決定的と言っていい。


更に『残り時間』が‥‥

あと‥‥『持った』としても『90秒』が限界だな‥‥


気の所為か、酸素の供給量が減った気がする。

『渓の黄泉』は間をとったまま、じっとしている。或いは『こちらの事情』を知っているのか。


司令室から、柏木のインカムに指示が飛ぶ。

「柏木っ!無理をするな!此処は一旦引けっ!地上部隊から攻撃を加えるっ!」


「‥‥。」

だが、柏木はこれに返答しなかった。


「おいっ!聞こえているのか?!柏木ぃ!」


多分、少しでも後退の気配をみせれば『その瞬間』に倒されるだろう。

『先』の事を考えている余裕なぞ、無かった。


とりあえず、『今、この場』を凌がなくてはならない。

その為には、どうすれば良いのか。


どうやら‥‥他に『選択肢』は無ぇようだな‥‥

柏木は覚悟を決めることにした。

もう、『それ』しか手は残っていないのだ。


葛城‥‥後は『頼んだ』ぞ‥‥

心のなかで呟く。

そして、


黄泉細胞の中で柏木は自分の身体を動かし、『金属スーツ』に手を掛け‥‥それを引き裂いた。


「ぐぁぁぁっ!」

たちどころに、傷のついた所から黄泉細胞が侵入してくる。


もう、止めようが無かった。

次第に、意識が遠のいていく。


師匠‥‥安心しな? すぐに『楽』にしてやるよ‥‥アンタの弟子はヨォ‥‥もう、アンタより強ぇぇんだぜ‥‥


柏木の『異常』を感知したのか、突如として『渓の黄泉』が突っ込んで来る。


そこへ。


柏木渾身の『右正拳』が、その顔面を捉えた。





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