濃紺色の黄泉の『正体』
スクネの『操縦』をするには、その頭部に『取り込まれる』必要がある。要するに『飲み込まれる』のだ。
無論、外からは操縦士である柏木の姿は全く見えなくなる。
だが、だからと言って操縦士の視界が奪われる事はない。金属スーツを通して伝わる神経伝達によって、スクネの視神経は柏木へ接続されるからだ。
いや、視神経だけではない。
触覚も聴覚も。五感全てがスクネと同期化する。また、五体の可動も同様に同期化することで、スクネのボディを自分の身体と同じ様に使えるのだ。
それは『自動的に』と呼ぶべきか、はたまた『本能的に』と呼ぶべきか。
ともかく『それ』は、あたかも柏木自身がスクネになったかのような錯覚を柏木に与えた。
しかし。
『それ』も完璧とは言えない。
金属スーツという『異物』による阻害が起きるために、どうしても『あともう一息が響かない』という、もどかしさを感じるのは否めなかった。
それでも、『並の黄泉』が相手であれば全く問題になるレベルでは無いのだが‥‥
ち‥‥っ!
柏木は心の中で小さく舌打ちをする。
くそったれが‥‥『コイツ』何処のどいつだよ‥‥
今、柏木の眼前に居る『濃紺色の黄泉』は、明らかにそれまでのモノとは異なっている。
コイツ‥‥相当に『出来る』ぞ‥‥
相手はじっとして、何もせず立ったままではあるが。それでも『超一流の佇まい』を感じずには居られない。
向こうから動かずとも、こちらから何か『仕掛け』をすれば‥‥と考えなくもないが。どう頭の中でシミュレーションしてみても『勝てる』というイメージが沸かないのだ。
格闘技の世界においては『後の先を取る』という極意があるが。
『このレベル同士』で、先に動いて相手に『自分が何をするのか』を教えてしまうのは極めてリスキーと言える。
どう考えても『濃紺色の黄泉』が狙っているのは『カウンター』攻撃なのだ。
次第に、柏木がジレてくる。
このまま長期戦に持ち込まれるのは、何しろ柏木にとって『不利』である。
相手さんの事情は知らないが、こちらには『せいぜい5分』というタイムミリットがあるからだ。『そこ』を超えれば酸素の保証は無くなるし、黄泉細胞の侵入を防御しきれなくなる危険がある。
そうなればもう、こちらに勝ち目は無い。
‥‥それまでに敵を戦闘不能に追い込まなければ。
ジリ‥‥
柏木がジワリ、と前に出る。
こうなればもう、イチかバチかの『賭け』に出るしかねぇか‥‥
腹を括って攻撃を仕掛けようか、と構えた時だった。
ドシュゥゥゥゥッッッ!
幾筋もの赤い閃光が、足元から湧き上がった。
付近で待機していたスサノオ駆除班の『ロケット弾』だ。
が、しかし。『それ』を無策に食うほど隙きがある相手では無かった。
何しろロケット弾は威力はあっても『弾速』に欠ける。
寸でのところで、濃紺色の黄泉が『これ』を躱す。
そこへ。
「OK。それでいい」
必ずしも『当たる』必要は無かった。先に相手を動かす事さえ出来れば。
20mを超す巨体とは到底思えないほどの速度で『スクネ』が間合いを詰める。
「喰らいやがれ‥‥」
空気を押しつぶす轟音と共に、右の正拳が敵の顔面目掛けて突っ込まれる。
敵が『それ』を寸前で躱す。
そして。
同時に下から、エゲツないほどの角度からアッパーカットが疾走る。
「野郎っ!」
スクネは、このカウンター攻撃を膝を上げてブロックする。
「くそっ‥‥!」
一旦、距離を空けて間合いを取り直す。
どうも『嫌な感覚』だ。
『敵の攻撃に対して完璧に反応出来た』が故の『腹立たしさ』というか。
この呼吸感は‥‥
息を整える。
まったく『普段通り』だぜ‥‥ちくしょうめ‥‥全く『稽古のまま』だ‥‥
『それ』が何を意味しているのか、柏木には深く理解出来た。
その黄泉の『素体』は‥‥
考えられる人間は『ひとり』しか居ない。何しろ、五縄流『当身術』の師範である渓は、自分以外に弟子を取っていないのだから。
つまり、
「よりにもよって‥‥ありゃぁ、『師匠』かよ‥‥」




