まさかの『レベル2』か?それとも‥‥
「ド‥‥ドクター・ストップって‥‥それはいったい、どういう事なんですか!」
その日の夕方、葛城は急遽に司令室へ呼び戻されていた。
「私に聞かれても詳しい話は知らん。とにかく、医療チームから『葛城の身体は戦闘に耐えない』という診断が来たのだ。我々としては、その判断に従うしかない」
「いや、ですが!自分は一度、現場に復帰許可が出た身ですよ?!」
「それは私に言われてもな。文句は医療チームに言え」
食い下がる葛城に、山倉司令の答えは素っ気無かった。
だが、そこに何の疑念も持っていない様子を見るに。山倉自身は『何かの事情を知っている』と感じた。恐らく、何らかの政治的な思惑が働いたのだろう。
しかし、山倉自身が『知らない』と言い張る以上、葛城にはその先を詮索する術は無かった。
「うぐ‥‥っ」
言葉を飲み込む葛城に、山倉が振り返った。
「その代わり、だ。君にはこの司令室に居てもらう。此処ならモニターを通じて『現場』の様子が把握出来るからな‥‥」
『物は言いよう』とは、多分この事を言うのだろう。
葛城を司令室に置く『理由』は多分そうした温情などではなく、もっと別な『何か』がある。そういう『匂い』が山倉から漂っていた。
「‥‥分かりました。何も出来ませんが、『仲間たちの勇姿』を見守るくらいなら」
「ああ、そうだな。そうして‥‥」
山倉が言い終わるより前に。
ビーッ!ビーッ!
司令室に警報音が鳴り響く。
「司令っ!出ました、黄泉です!」
オペレータの声で、司令室に緊張が走る。
「野郎‥‥もう『次』かよ‥‥」
ギリリ‥‥と、葛城が奥歯を強く噛み締める。
出来る事なら、自分が文句なく戦線に復帰出来るまで待って欲しいと思っていたが‥‥
「黄泉の様子はどうだっ?!大きさはっ?速度はっ?」
叫びながら、山倉が司令席に戻る。
「いや‥‥それが」
オペレータが戸惑った声を出す。
「前回よりも『やや小型』です。しかも『じっとして』まして‥‥」
大型モニターに映し出されている『濃紺色の黄泉』は、ダラリと両腕をブラ下げたままで『じっと』していた。
それでも、辺りを警戒しているようには見えるが‥‥
「何なんだ‥‥まさか此処へ来ての『レベル2』なのか?」
山倉が呟く。
確かに、『知能』も『速度』も無いのだとすれば、定義上『それ』は『レベル2』に分類されるが‥‥
しかし、これまでの黄泉発生の経緯から見て『レベルダウン』という事例は無い。全て『前回よりも厄介』なのだ。
だとすると‥‥?
「まるで何かを『待っている』様にも見えますね?」
葛城も傍らで、モニターを見つめている。
もしもそれが『待っている』のだとすれば、いったい何を?
恐らく『それ』は‥‥
そして、葛城の脳裏を横切った『それ』が現場に到着する。
「『スクネ』、現着しました!」
オペレータの口からは、さも当然のように『スクネ』の名前が出てくる。
作戦司令部としては『タケル』の存在は秘密でも何でも無いのであろう。
モニターの向こう側では、回収班の大型ヘリがゆっくりと降下を始めている。
「T-1コンテナ、分離します!」
コンテナを分離したヘリが空域を離脱していく。
ガコン‥‥
コンテナが開いて、中から『真っ黒な黄泉』が出てくる。そう『スクネ』だ。
誰も何も言及しないが、『操縦』は柏木であろう。
そう思って見ると、ただ立っているだけでも何処か『面影』が見える。
グルルル‥‥
濃紺色の黄泉が低く唸り声を上げる。一気に警戒色が強くなったのがハッキリと分かる。
やはり、そいつが『待っていた』のはタケルなのだ。
「‥‥どうやら『待ち人来る』と言ったところか‥‥」
山倉がボソリと呟く。
高い戦闘力を誇る柏木の『スクネ』が只の黄泉で無い事は、葛城としても重々承知しているところであるが。
それにも増して『濃紺色の黄泉』も『只者ではない』オーラが満ちている。
その姿勢に『隙』が無い。
今までのような『そこらの人間が単に黄泉化した』という訳ではないようだ。『元』になっている人間は‥‥かなりの手練れと見て良いだろう。
柏木ほどの鍛錬者であっても‥‥安心感より不安の方が大きい。
これは‥‥厳しいな‥‥
葛城の頬に冷や汗が流れる。
そして、現場では。
2匹の『黄泉』の間に緊張感が高まりつつあった。




