パイロットはベットに横たわる
どうにも身体がダルくていけない。
柏木はベッドに横たわりながら、ぼぅっと天井を見上げていた。
口には酸素マスクが。
腕には点滴のチューブが。
胸と足には心電図のプローブが。
そして、その周囲には数々の計測機器が所狭しと並んでいる。
今まで何回か『タケル』の試運転を実施してきたが、流石に『実戦』となると身体と神経に掛かる負担が段違いだ‥‥と実感出来る。
「‥‥やぁ、柏木君。気分はどうだね?」
鴻池が顔を出した。
「はは‥‥イマイチですね」
柏木が苦笑いを浮かべる。
「前回の実験よりはマシですが、まだスーツに気密漏れがあるみたいで『スクネ』の細胞が侵入してくるんですよ。戦闘中はそんな事を気にしてる余裕は無いのでアレですが、戦いが終わると『厳しい』ですね」
金属製の『スーツ』はボディである『スクネ』に神経伝達のみを行い、操縦士がスクネの細胞組織に融合されるのを防ぐ効果を持っている。だが、それでも金属スーツの僅かな『隙』から、細胞組織が染み込んでくるのだ。
「そう‥‥か」
鴻池がふっー‥‥と息を吐く。
「で、『呼吸』の方は続くのか?激しい運動をすると酸素ボンベの残量が急速に減るという実験結果もあったが‥‥」
『黄泉細胞との隔絶を保つ』という事は、呼吸も取られる事を意味している。
そのため、『搭乗中』は酸素ボンベでの呼吸を余儀なくされるのだ。故に『スクネ』との合体は潜水に例えられて『ダイブ』と呼称される。
「正直、現状の装備では実戦での『ダイブ』となると『5分』が限界でしょうね。それ以上は酸素が持ちませんわ。特に、自分は身体が大きい分だけ酸素消費が激しいですし」
ダイブ中は自分の身体を動かす必要はない。だが、『スクネ』に掛かる負担は自身にもそのまま伸し掛かるのだ。
そうした事実は『やってみない分からない』事であり‥‥
「『時間がない』というのが単なる言い訳でしかないのは、我々としても充分に心得ている所だ。君に負担を掛けて、本当に申し訳ない」
鴻池が頭を下げる。
「仕方ありませんよ、何しろ事情が事情ですからね。これだけの『負荷』に耐えられるだけの人間を‥‥早々簡単に見つけて来れるってモンでもないでしょうし」
柏木自身も、『これ』が人体実験とほとんど同義である事を理解している。
しているからこその‥‥
しかし、柏木ほどの体力と耐久力を持つ男にしてから、たった一回の実戦でこの状況だ。
もしもこの先、何体もの黄泉や最終目標であるアマテラスとの戦いを想定した場合に。柏木に掛かる負担は大きすぎるだろう。
果たして最後まで『持つ』かどうか‥‥それは極めて疑問だろう。
何らかの『手』を準備しておく必要性は、決して低くあるまい。
何しろ、人類がこの戦いに負ける事はあってはならない。
これはスポーツではないのだ。綺麗に勝つ必要など、僅かほども無用だろう。
どれほど汚い手を使おうとも、後の世に悪魔・鬼と罵られようとも、勝利以外の選択肢は有り得ないと覚悟しなくてはなるまい。
そう、例え『どんな手』を使ったとしてもだ。
「‥‥葛城君がな」
鴻池が傍らにあった椅子を引き寄せる。
「よいしょと‥‥座らせてもらうよ。‥‥葛城君が『あの黄泉は柏木さんでしょう』と言っていたよ。『動き』で分かるらしいな」
「そうですか‥‥ま、分かって当然でしょう。何しろ『同門』なんで」
しかも、『引き波』は他ならぬ自身が『敗れた』技なのだ。殊の外に思い入れがあっても不思議ではない。
「‥‥そういう物かもな。えらい剣幕だったよ」
「教えたんですか?『スクネ』の事を」
「ああ。何しろ彼だって『無関係』という訳じゃないからね。少なくとも『知る権利』があっておかしくはないな‥‥」
待てよ?
鴻池には、ふと思いついた事があった。
なるほど‥‥意外に『そこ』は盲点だったかもな。
鴻池は椅子から立ち上がった。
「すまんな、急な用事を思い出したよ。また、寄らせてもらうとする」
「ええ、また」
部屋の3重ドアを開け、鴻池が外に出る。
そして、待機していた研究員を呼び寄せた。
「‥‥思い出した事がある。いや、『思いついた』と言うべきかな‥‥」
「どうしました?教授。何か」
「ああ。この前、葛城君が怪我をして『此処の上』に入院していた時に『血液採取』をしているだろう?その『サンプル』を確認してみたいのだ‥‥大至急、な」




