『黄泉』の出現
傍目から見ても、『その男』の異常は明らかだった。
そこは市街地の、地下道から地上へ上がる階段の途中である。
男は、酔っ払ったかのように不安定な足取りで、上体を大きく前傾させ、階段の手すりにしがみ付くようにして昇ろうとしていた。
一歩、また一歩。
ズシ‥‥という重たい足音が聞こえてくるようだ。
ググ‥‥
手すりを持つ手に力が入る。
ミシ‥‥
手すりが、その力に『負けて』少し撓んだ様にも見える。
「おい‥‥アイツ、何か変じゃね‥‥」
横を通る若者が、異常に気が付く。
「ま‥‥まさかよ‥‥」
一緒に居た友人の表情から血の気が引く。
バキ‥‥バキバキ!
手すりが、男の力に負けてへし折れる。
「やべぇ!こいつ、『黄泉』だっ!に、逃げろぉぉぉ!」
辺りは一斉にパニックに陥る。
「『黄泉』だっ!、黄泉が出たぞぉぉぉ!」
「きゃゃゃぁ!」
「逃げろぉぉ!」
あちこちで大声と悲鳴が交錯する。
『男』はその喧騒を意に介する事もなく、尚も一歩づつ地上に向かって昇っていく。
「ぐふぅ‥‥ぐふぅ‥‥」
大きく息を吐く。
そして地上に出たところで、その全身から蒸気が立ち昇り始めた。
それは周囲の景色が歪んで見えるほどの熱量だった。
ビーッ!ビーッ!
夜の司令室に警報が鳴り響く。
「緊急警報、緊急警報。『黄泉』が出現。場所は『E地区-21ブロック』。繰り返します‥‥」
冷静な自動音声とは裏腹に、司令室が慌ただしくなる。
「出たか‥‥またしても『E地区』とはね‥‥」
当直の司令がモニターを覗き込む。
「‥‥出現は確かか?」
「はい、付近にいた市民のアプリからも画像情報が上がって来ています。間違いないですね」
市民の持つスマートフォンには、緊急用の通報アプリが入っている場合が多い。それらが自動で情報を司令室にデータを転送してくるのだ。
「そうか‥‥『アマテラス』ではなく、『黄泉』か?」
「そうですね‥‥今回も『本体』ではなく、『コピー』の方のようです。残念ですが」
アマテラスが研究所から『遺失』して3年。
アマテラスによって『作られた』と思われるlivingdeadが、街で暴れる災害が多発していた。
どういう方法なのか、目撃者が居ないので定かではないが。とにかく、アマテラスは何らかの方法で人間をゾンビに変貌させる。
そして、ゾンビ化した人間は他人を『食って』しまう。
いや、人間だけではない。それが犬であれカラスであれ、動物なら見境なく『取り込んで』しまう。それも際限なく手当たり次第だ。
無論、取り込んだ事で質量は増大する。
そのまま暫くの間は『見た目の大きさ』を維持出来るのだが、それでも限界はあるようだ。
一定以上に『取り込む』と、ある時に突然『巨大化』を起こすのだ。しかもその姿形は人間の『それ』を留めることなく、完全に『怪物化』する。
これが忌まわしき地獄からの死者、すなわち『黄泉』である。
政府はこの黄泉と、オリジナルであるアマテラスを『駆除』すべく、国を挙げて特別部隊を結成した。
それが、『超未確認凶暴生物及び、その付随する刺客に対抗する国家的手段による部隊《Super Unknown Savage and Assassin National Operation Unit》
通称・SUSANOUである。