『スクネ・プロジェクト』
「『黄泉』の戦力化か‥‥」
鴻池が口ごもる。
「まず、我々が倒された黄泉の身体を回収している目的だが‥‥単に『生態系への影響防止』だけではないのだ。実は『黄泉そのものの研究』も並行して行っておるのだよ」
「‥‥でしょうね」
さもあらん。
『あれだけの研究対象』を目の当たりにして、何もせず手をこまねいている筈が無かった。
「その結果、実に色々な事が分かってきている‥‥例えば『黄泉は頭部以外を破壊しても止められない』とかな」
そう言えば、昨日見た『真っ黒な黄泉』も敵の頭部のみを狙っていた。
「それは何かハッキリとした『理由』が?」
「ああ。何しろ、さっきも言ったが『黄泉』は『植物ベース』だ。植物‥‥特に樹木はそうだが、『それ1本でひとつの生命体』という訳ではない。多くの生命体が寄り集まって『ひとつの身体』なんだよ」
うん?と葛城が首を傾げる。
「寄せ集まり?ですか」
「そうだ。例えば、樹木には『ひこばえ』という現象がある。これは、切り倒された大木の断面から次の若芽が生え、新たな樹木として成長する現象なのだ。
これが人間で例えるならば『消化器官』以外を切り離されたのちに、そこから新たな頭部や手足が再生するようなものだと言えるだろう」
なるほど、言われてみれば切り株から新芽が生えているのを見る事がある。人間なら有り得ない話だ。
「また、ソメイヨシノ等で用いられる原始的なクローン技術『接ぎ木』は、継がれた側が『乗っ取られて一体化する』現象だ。こうした現象は‥‥」
鴻池は口を濁したが、アマテラスや黄泉が人間を取り込むのに『似てる』と言えなくもないだろう。
「そのため、例えば黄泉の足や手を切り落としても、その『足や手』は人間のようには『死なない』んだ。‥‥独自に『生きている』と言っていいかも知れん。
‥‥ただ『そこ』に意思のある命令を送るシステムが『無い』から、『動かない』だけなんだよ」
「では、そこに『意思のある命令』を送っているのが‥‥?」
「そう。『頭部』だ。『フェーズ2』に移行した黄泉は人間を完全に『消化』してしまうから、解体しても中から『人間がそのまま』出てくることは無い。しかし、人間だった頃の名残りなのか、『頭脳』部分の機能は黄泉の頭部に再構築されるらしい‥‥」
黄泉が出始めた当初から『黄泉は外傷に強い』事は分かっていた。
何しろ、少々の『破損』程度ではビクともしない。昨日のヘリからの銃撃でも効果のほどは判然としなかった。
そのため以前から『ヤるなら一気にヤるしかない』という事で、ロケット弾が用いられているのだ。
だが、『真っ黒な黄泉』は迷うこと無く頭部だけを破壊していた。
そして、頭部が破壊された時点で攻撃を止めている。
つまり『真っ黒な黄泉』は相手の弱点が頭部だという最新情報を知っていた事になる。
「では‥‥あの『黒い黄泉』は?」
「あれか‥‥アレはな、我々は『スクネ』と仮称しているんだが‥‥」
再び、鴻池の言い淀む。
「君たちが倒した黄泉の破片を集めて、ボディを作り直した『試作品』なんだ。まだその‥‥完璧に戦力とは言い切れなくてな」
ある程度は想像していた事だが。
『マッド・サイエンス』とい言葉が葛城の頭に浮かぶ。或いは、それは現代における人造・人間なのか。
一瞬、吐き気がしそうになるのを。葛城はどうにか抑える。
もはや『それ』は、人智においてというよりも『冒涜』という域に近いかも知れない。
だが問題は。
「ボディ部分は『そう』だとして」
葛城が鴻池を見据える。
「どうやって『コントロール』を?」
「うん‥‥」
やはり、鴻池の歯切れは悪い。
「‥‥お察しの通り、操縦者が居る。研究の結果、特殊な金属繊維で織り込まれたスーツを使うことで黄泉の細胞に取り込まれずに『頭脳』としての役割を果たせる事が分かったのだ‥‥」
「あの‥‥言葉を選ばずに言うのなら‥‥ですが」
葛城が下を向く。
「『それ』って『人体実験』と、どう違うんです?」
鴻池は立ち上がって、ふっ‥‥と息を吐いた。
「‥‥その言葉に反論する気は無いよ。だが、今が平時では無い事だけは理解して欲しい。相手が災害級の化物である以上、こちらも『それなり』の対応が必要なんだ」
もしも、相手がこの世に生まれた『悪魔』だとすれば。
人類もまた『悪魔』でなければ相手にもならない、と。
鴻池は多分、そう言いたいのだろう。
しかして、鴻池の言葉が本当だったとしてだ。
では、その『操縦者』とは一体『誰』が?
あの『黒い黄泉』が遣った技が『五縄流・引き波』だとすれば、その最も『適任者』は自分の知る限り『ただ一人』だ。
「‥‥柏木さん、なんですね『アレ』は」
葛城が問い詰めるが。
「ノーコメントだよ、『それ』は」
鴻池は首を横に振った。
「とりあえず、今の君に話せる情報は『そこ』までだ」
そして、それ以上は口をつぐんだ。